<山本敦のAV進化論 第50回>LDACキーマンインタビュー(1)
ソニー「LDAC」がハイレゾ相当のデータ量をワイヤレス伝送できる理由 − 開発者が語る技術的特徴
Bluetoothは無線伝送の技術なので、通信エラーでデータが一部欠落してしまうこともありますが、落ちたときにパケットの中に空き部分があったり、エラー訂正に二つのパケットを使ってしまうと伝送に時間がかかってしまうこともあります。これを回避するために、LDACの場合はパケットの中にデータがしっかりと詰まった状態にして、再送時に無駄なくエラーを訂正できる仕組みを整えています」(鈴木氏)
パケットの中にデータが効率よく詰まっているLDACであれば、一回のパケットで効率よくデータが送れるのに対して、SBCでは同じデータを送るために複数のパケットが必要になる場合が起きてくる。Bluetoothによるデータ伝送では、あらかじめシンク側でバッファを確保しておき、データをプールした状態で再生を始めるため、通常はパケットが一つぐらい届かなくても音切れは発生しないが、シンク側のバッファが空になった時点で音切れが発生してエラーにつながる。音質への影響はどのようなかたちで表れるものなのだろうか。
「音質については、通常はシンク側にデータが届いた後でデコードしてからの問題になります。ただデータ送信の段階でも、音質に関わってくる場合があります。
例えばBluetoothまわりでは様々なメーカーがSBCのシステムをベースにしたチップセットを開発していますが、先に述べたSBC自体のパケット利用効率の問題に加えて、バッファが枯渇しないように再生音の変動を起こすようなバッファ制御を行っているチップも存在しています。
このようなチップの場合、バッファが空になってくると再生音のピッチを遅くして、反対にバッファが貯まってきたら再生速度を速めるという振る舞いをしますので、結果として音質劣化が目立つこともあります。パケットがきちんと届かないということは、音質劣化にもつながると言えなくもありません」(鈴木氏)
さて、LDACの転送ビットレートは最大でSBCの3倍となる「990kbps」。観点を変えれば、パケットの伝送効率を上げなければ、ここまで高い転送ビットレートを実現できないということでもある。つまり、既存のBluetoothによる伝送システムでビットレートだけを上げた場合、音切れが発生して990kbpsまで到達する前に伝送ができなくなるわけだ。それでは、LDACの最大転送ビットレートである「990kbps」という数字はどこから導き出されたのだろうか?
「Bluetooth 1.0では伝送できるデータの原理最大値が1Mbpsでした。そこにヘッダ情報を加えて再送の余裕などもみていくと、だいたい7〜8割に当たる700kbpsぐらいがオーディオデータに使える上限になります。Bluetooth 2.0の世代ではオプションとしてEDR(Extended Data Rate)が追加できるようになり、さらに大容量のデータが送れる2Mbpsモード、3Mbpsモードも登場しましたが、やはりこれも原理上での最大値であり、実行値は7割ぐらいになります。3Mbpsモードは高速ですがS/Nが弱いため、ノイズの多い環境ではつながりにくい難点があります。
そこで実際に使えるのは2Mbpsモードの方ということになりますが、実行値に直すと7割程度の1.4Mbpsとなります。これをオーディオデータのために100%使ってしまうと、1回でもデータが落ちると再送ができなくなってしまい、引いては音切れが発生してしまいます。エラー訂正やAVRCPのコントロール信号伝送を考慮して多少のマージンを確保すると、1Mbps前後が上限になりそうだということが色々な実験から見えてきました。しかも、そこでさらに“最も効率のよいパケットの詰め方”を検討して『990kbps』という数字に辿り着きました」(鈴木氏)
■「データの貸し借り」を行うことでハイレゾ相当の高音質を実現する
LDACの最も大きな特長は、Bluetooth環境でもハイレゾに迫る高品位な聴感が得られるところにある。Bluetoothの規格の範疇で最大990kbpsのデータを通せるバイパスをつくってハイレゾ相当のデータでも伝送するわけだ。しかし、例えば96kHz/24bitの場合、元のデータ容量が4.5Mbpsにもなるわけで、これほどの大容量データを通すための符号化技術にもかなりの工夫が求められることだろう。