哲学者と宗教学者がオーディオについて語り合う
黒崎政男×島田裕巳のオーディオ哲学宗教談義 番外編。オーディオが変わったら聴き方も変わってきた?!
モノラルレコード、ヴァン・ゲルダー
黒崎 私はものを集めるのが好きですが、島田さんはそうじゃないんだ、ということを再認識したものがあります。今朝出かける時に、たまたまネットで見つけたのですが(コピーした紙を見せる)。島田さんが、私の本について書評した記事です(笑)。『週刊朝日』です。覚えていますか?
島田 忘れています(笑)。
黒崎 まだ出会って間もない頃で、『哲学者クロサキの哲学する骨董』(2012)という本の書評です。ここで島田さんは……、「黒崎さんとはオーディオショウや歌舞伎など、本当にあちこちでよく遭遇する、つまり、それは趣味が似ているからである……」と。さらに「オーディオの装置は我が家にも入った、ところが、趣味が極めて近いはずの私にはコレクションの趣味がない、つまり私は集めないのだ」というわけです。しかし黒崎は集めているから、骨董なんていう世界に行くのだ、と書かれているのですが……。
宗教学は徹底した相対主義。やっている人を見てなんだかんだ言うわけですから、他人事ですよね。哲学の方は私が特殊なのか、哲学自体がそうなのか分かりませんが。
島田 哲学自体がそうなんだと思う。だって東京女子大の哲学専攻の宴会に非常勤講師のひとりとして呼ばれますが、その会では、みんな楽しそうに哲学の話をしているのに接します。宗教学者の方が不幸なんですよ。宗教っていう現場があるから。現場は確かにいい部分もあるけど、純粋には楽しめないのです。
黒崎 我々哲学者は、現場がないから自分勝手に楽しめる。だけど、仕事はない。島田さんは事件が起これば次々本を書ける。いいなぁ、って思います。
一同 (笑)
黒崎 私は音楽を骨董、物として受け止めている。島田さんはネットから聴く。私としてはデジタルの信号で手触りがない、自分の物にならないのが嫌だと思う。どうしても物としての音楽、レコードが欲しくなる。そしてモノラルレコード、というところに来ました。っていうのは、ジャズ聴く人はモノラルだろ、って思っているから。
一昨日買って嬉しかったモノラルレコードが、ソニー・ロリンズの『テナー・マッドネス』。1956年のアルバムで、コルトレーンが参加しているんですよ。コルトレーンの方がロリンズよりまだ若い。緊張して演奏している。私は自宅では、モノラルプレーヤーとしてはEMT 930STを聴いていますが、同じような年代の装置をこに用意してもらいました。ここのスタッフが最終的に音を仕上げる能力がすごいんですよ。2週間前に来た時よりもものすごくいい音になっています。簡単には実現できないことです。
サウンドクリエイトスタッフ:ターンテーブルはトーレンスTD226で、ダブルアームになっています。EMTのアームとモノラルカートリッジ。オクターブのプリアンプHP500SEに入って、パワーアンプもオクターブ。モノラルアンプMRE220で、2台ですが実際には片側からしか出ません。
黒崎 一番目の「テナー・マッドネス」を。最初に出て来るのはコルトレーンの方。そのあと余裕かましてソニー・ロリンズが出てきますから。
〜ソニー・ロリンズ『テナー・マッドネス』より「テナー・マッドネス」を聴く
トーレンス TD226、EMT997、 EMT OFD25、オクターブHP500SE、MRE220、JBL HEARTS FIELDで聴く
黒崎 最初のコルトレーン、自信がまだなくて、前のめっている感じがありますね。
島田 マイルスのセクションのあと?
黒崎 あとなんです。まだまだだよ、コルトレーン。
一同 (笑)
島田 ソニー・ロリンズがいるから、縮んじゃったんじゃないの?
黒崎 そうでしょうね。面白いですよね、チャーリー・パーカーの時のマイルス・デイヴィスもびびっちゃっていますもの。誰と演るかで変わりますよね。
さて、次ですが、『アメイジング・バド・パウエル』のオリジナル盤です。さっきの盤と共通していることがありまして、「RVG」と刻印が入っています。レコーディング・エンジニアのルディ・ヴァン・ゲルダーの頭文字です。手書きで(?)。これはヴァン・ゲルダーが録音からカッティングまでしているものです。我々がこれぞジャズだという音は実はヴァン・ゲルダーが作ったものだと、私は思ってます。前回(シーズン2)も、バド・パウエルの『アメイジング・バド・パウエル』をたくさん比較しました。今日かけるのは55年のアルバムです。これには「リマスタリング・バイ・ヴァン・ゲルダー」とある。前回比較した49年と51年の10インチのアルバムは、カッティングはヴァン・ゲルダーじゃないんです。ヴァン・ゲルダーがブルーノートの会社に入るのは53年のことだから。ビフォア・RVGなんです。
〜バド・パウエル『アメイジング・バド・パウエル』より「ウン・ポコ・ローコ」〜
トーレンス TD226、EMT997、 EMT OFD25、オクターブHP500SE、MRE220、JBL HEARTS FIELDで聴く
モノラルレコード、次はクラシックに行きましょう。『アンコール・バイロン・ジャニス』。ロシアに……この頃はソ連ですが、マーキュリーの一団がアメリカの装置を初めてソビエトに持ち込んで行われたファースレコーディングだったそうです。1962年のことです。当時からマーキュリー・リヴィング・プレゼンスのウィルマ・コザートとかデッカのウィルキンソンとか優秀な録音技師がたくさん名盤を作っているんですけれども。
島田 すみません、演奏者は?
黒崎 あぁ、そうでした。さっきからそういうのはどんどん抜けてしまって(笑)。
島田 まずはどんな人が演奏しているか、でしょう。
黒崎 バイロン・ジャニスというピアニスト。このレコードでは小品をたくさん録音しています。これを聴くとピアノはモノラルでいいんじゃないかと思うような音なんですよ。この頃、私、「プロデューサーが誰」、「録音エンジニアが誰」とかいうことばかりになってしまって(笑)、あとのことはどうでもいいんじゃないか、と。リストの「ハンガリー・ラプソディ」を聴いてみましょうか。
〜バイロン・ジャニス『アンコール』よりリスト「ハンガリー・ラプソディ No.6」〜
トーレンスTD226、EMT997、EMT OFD25、オクターブHP500SE、MRE220、JBL HEARTS FIELDで聴く
黒崎 高域がよく鳴っているピアノですよね。太くて。本当にいい音ですね。
島田 そんなアルバム、ちゃんと世に出すことができて良かったですよ。アメリカの技術者がロシアへ行ってなんて。当時はあってはならないことじゃないんですか?
黒崎 政治学者じゃないので分かりませんが(笑)、大事件だったはずです。ソ連で何枚か収録しています。プロコフィエフのピアノ協奏曲3番と、バラライカの演奏を録ってきているんですよね。ウィルマ・コザートというマーキュリーが誇る女性録音エンジニアがね。
島田 いま、聴いていて思ったのは……弾けそうな気がしました。
黒崎 はい?
島田 能力的に弾けるっていう意味じゃなくて、なんか弾いている人間と聴いている音との間の距離が近い。ふつうの録音をステレオで聴いている時はもっと異次元な感じがするんだけれども。なんか、人間が弾いているんだな、という気がします。
黒崎 先ほどのヴァン・ゲルダーの録音も、人がやっている感じがするんですよね。その後、ECMなどになっていくと綺麗なレコード芸術になっていくんだけど。このバイロン・ジャニスのピアノは特に素晴らしくて、モノラル盤の例としてはずるいくらい良い音ですね。モノラルは一点から出るから、自由な感じがする。ステレオは聴く位置が固定されスイートスポット的な制約を受けている感じがするんだけどね。