哲学者と宗教学者がオーディオについて語り合う
黒崎政男×島田裕巳のオーディオ哲学宗教談義 番外編。オーディオが変わったら聴き方も変わってきた?!
感覚の快楽、音の愉悦
島田 もうひとつ、配信のいいところはなんでも手当たり次第に聴けるということ。で、最近、面白かったのはマンドリンなんです。1曲聴いてみましょう。
〜アヴィ・アヴィタル(マンドリン)『アヴィ・アヴィタル・ヴィヴァルディ』よりヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲〜KLIMAX DSM(Roon×TIDAL)、KLIMAXEXAKT 350で聴く
島田 アヴィ・アヴィタルという人の演奏です。これは最新の録音で、イスラエルの人。配信のいちばんの弱点はジャケットがないこと。ディスプレイで見ればいいんですけれど。『アヴィ・アヴィタル・ヴィヴァルディ』。韻を踏んでいるようなタイトルですけれど。マンドリン奏者はヴィヴァルディに行かざるを得ないようなのです。
黒崎 ヴィヴァルディはマンドリンのオリジナルのコンチェルトを書いていますしね。
島田 マンドリンの協奏曲といったらほとんどヴィヴァルディしかなかったようです。このアルバムの中ではマンドリン・コンチェルトもやっているんだけれども、先程聴いていただいたのはヴァイオリン・コンチェルト。僕、マンドリンでマンドリン・コンチェルトをやるより、ヴァイオリン・コンチェルトを演った方がいいと思うの。
黒崎 あれ、あれ、だんだんいいことを言うようになって。
島田 マンドリン協奏曲を弾いていると、ただ作曲家が指示した通りにやっている。それがヴァイオリン協奏曲になると、演奏者の主体性を感じる。だって弾きにくいじゃないですか。マンドリンでやったヴァイオリン。マンドリン奏者が演った時にマンドリンにある曲ではなくてヴァイオリンの曲を演った方がいいなって。
黒崎 ヴィヴァルディってコンチェルトが良くて。私も昔チェロ・コンチェルトを弾いたりしていたんですが……あ、すみません、偉そうに。バッハがヴィヴァルディの曲を改変して自分の曲にしたりしていましたね。60年代から80年代は、バッハは大バッハで素晴らしく崇高さ、高級さ、ヒエラルキー精神で聴くものでした。それに対してヴィヴァルディは気楽に「四季」を聴けばいいよね、っていう感じがありました。でもいまは、クラシックの持つ<響きの喜び>が音の良さによって変容してきました。身体的に気持ちいい〜となっているように感じます。昔のようなベートーヴェンの精神性、というより音そのものの鑑賞的な喜びが深まった。だから、クラシックだ、ジャズだ、ポピュラーだ、というより音楽としてとても豊かな響きの中に、自分がいる。
島田 いいこと言ってる。
黒崎 そういう現代において、島田さんも、―−65歳ですか? 高齢者に認定されて、いまのお年になってクラシック音楽にはまったというのが、ネットによって手軽に聴けるようになったことがきっかけ、というのがすごく象徴的。
島田 ところで、アヴィタルさんが、また違う人、オマール・アヴィタルという人と演っているアルバムがあるんですよ。兄弟かなと思ったんだけど違うみたい。
黒崎 ユダヤ人によくある名前かな?
島田 分からないけど、オマールのほうはジャズのベース奏者なの。そのふたりが主にやっているアルバムから1曲かけます。
〜アヴィ・アヴィタル(マンドリン)、オマール・アヴィタル(コントラバス)『Avital Meets Avital』より「Balld for Eli」 KLIMAX DSM(Roon×TIDAL)、KLIMAXEXAKT 350で聴く
黒崎 正直に言って、音の良さはいっしょなんだけど、作曲自体の持っているクオリティがこちらの方は低いので、飽きる。
島田 ジャズの世界ではイスラエルの人たちが目立つようになってきているんだけど、あくが強い。くどいの。演歌に近い。
もうひとり、マンドリン奏者にクリス・シーリという人がいるんです。ブラッド・メルドーとも演奏している。彼は、ヨー・ヨー・マとバッハトリオもやっている。そういう垣根も乗り越えやすい。
黒崎 島田さんにとってはクラシックとジャズの架け橋をマンドリンの音楽に感じたわけですね。
島田 マンドリンはすごく古いけど、現代の音楽シーンを新しくしていく可能性がある。クラシックの人も聴けるし、ジャズの人も聴ける。
黒崎 島田さんがクラシックにもいけた喜びがその言葉に表現されていますね。
島田 それが配信によって簡単に聴くことができる。
黒崎 島田さんがアコースティック楽器の音の素晴らしさに沁みる、というのがよく分かった。私もそう。それはリンのおかげなのかな。
島田 休憩の前に、もう1曲かけますか。尼さんの音楽。
〜The Benedictines of Mary, Queen of Apostles『Easter At Ephesus』より「Anonymous This is The Day」を聴く〜KLIMAX DSM(Roon×TIDAL)、KLIMAXEXAKT 350で聴く
黒崎 グレゴリア聖歌とか中世の古楽の音楽のテイストが入っていますね。アコースティックな音の快楽を、いい作曲のものを使うと、いつまでも味わえる。作曲の力がないものは音の快楽があってもすぐに飽きる。だから僕らは、ブルックナーとかブラームスを利用して、っていうと何だけど、彼らの才能を利用して音の快楽を味わっている感じがしますね。
島田 音楽家自身、自分達が演奏したものを、いまみたいに聴けていないんじゃないかな、ということも感じます。この間ギラード(リンの現社長)が来日した時の発表会で、ポール・サイモンの「グレースランド」をかけたんだけど、素晴らしかった。これ、ポール・サイモンが聴いたらびっくりするんじゃないかと思いました。
黒崎 自分の録音した音楽をモニターした時にこれは全然自分の意図したものが表現されていない、ということはありますよね。世界的な古楽の音楽家である有田正広先生が、先日リンのシステムで聴いて、こんな風に聞こえるの? と驚かれていましたし、私のヴィオラ・ダ・ガンバの先生が自身の録音を、我が家のシステムで聴いて、あぁ、これならいいわ、私の気持ちがちゃんと出ているって言っていました。(※我が家のシステム:Tannoy 3LZモニターレッド搭載、リンKLIMAX DSM、WE300B-自作真空管アンプ)
島田 逆にいうと、再生され過ぎてしまって、粗が見えるという部分はありますよね。ショパン弾いている人がやたらペダルを使っているので、過剰に聴こえてしまう。
黒崎 録音でも、あ、ここでリヴァーブかけた、と分かってしまう。ジュリー・ロンドンのファーストアルバム収録の『クライ・ミー・ア・リヴァー』は、最後に「リバーアヴゥ〜」ってくっきり聴こえるくらい。それにしても、島田さんがクラシックに目覚めてくれたのは良かったなぁ。やっとイニシエーションを迎えた(笑)。
島田 宗教じゃないんだから(笑)。