[連載]高橋敦のオーディオ絶対領域
【第78回】オーディオファンのための“コンプ”基礎知識 − 名曲で実例解説つき!
■ポール・マッカートニー「Band on the Run」はコンプレス版とアンコンプレス版が配信されている
結論めいたことを言い終えたところで、最後に面白いサンプルとなり得る作品を紹介しておこう。僕なりには精一杯の説明をしたつもりだが、「実際、同じ音源をコンプした場合とコンプしてない場合で見比べ聴き比べさせてもらわないとその意味を本当に体感的には理解も納得もできない」というのも当然の話だ。そこで紹介したいのがこの作品。
ポール・マッカートニーさんの「Band on the Run」のハイレゾはHDtracksにおいて「Compressed」版と「Uncompressed」版の2種類で配信されている。引用すると、
1) [Compressed] The original album mastering in 96/24
2) [Uncompressed] The newly remastered BAND ON THE RUN in 96/24 with NO dynamic range compression.
…とのこと。
レコーディング〜ミキシングの段階でのコンプはいまさらどうにもできないし、それも作品の音作りの重要な要素であるからそれはそのままだ。しかしマスタリングの部分においては、既存のマスターの他にコンプを廃したマスタリングも新たに行い、「1)コンプレス版」「2)アンコンプレス版」両バージョンを共に配信しているというわけだ。
この両バージョンを聴き比べれば、マスタリング時のコンプの有無によって作品の感触がどのように変化するのかを体感的に納得できることだろう。視覚的にも、グラフの全体を見ていただければコンプによって全体の音量が底上げされていることは明らかだし、拡大部分からもコンプの効果が見て取れる。アンコンプ版ではそれぞれ異なる大きさのピークがある部分が、コンプ版ではその全てが天井にぶつかる同じ大きさのピークになっていることがわかるだろう。
さてコンプレス版とアンコンプレス版。僕にはどちらもそれぞれ好ましく感じられた。
コンプレス版はコンプによって音量音圧を稼ぎロック的なアタック感や密度感を加えつつも、それが過剰ではなく良好なバランスだ。
アンコンプレス版は特にドラムスの抜けのすっと素直な気持ちよさなどに強みを見せる。音量音圧が足りないと感じれば再生機器の音量を少し上げればいいだけの話だ。
また上記のようにコンプの有無による違いは感じ取れるのだが、しかしそれによって曲の印象が極端に変わっていることはない。そのことからもこの作品のコンプレス版のコンプの使い方の適当さがわかる。
…さて、ここで僕の失態の告白とある方への感謝を追記させていただきたい。
この原稿を送信してからしばらく後に再チェックと別件の下調べで情報収集をしていたところ、「『Band on the Run』のコンプ版とアンコンプ版を比較!Sonic Visualiserで!」の内容が、佐々木喜洋氏がブログ「Music To GO!」で公開している記事と多く重なっていることに、超遅ればせながら気付いた。この界隈で仕事をしていて「Music To GO!」の記事を数年前のものとはいえ見落とすとは実に失態だ。
しかし「Band on the Run」以上にこの件の適当な実例となる作品はない。そこで佐々木氏に事の次第をお伝えしてご了承をいただき、該当部分もそのまま掲載させていただいた。佐々木氏の心の広さにここで改めて感謝したい。
なお同作品については佐々木氏の記事の方が詳細であるので、興味をお持ちになった方はぜひ参照してほしい。
Band on the Run (96/24) - ポールマッカートニーとウイングス
http://vaiopocket.seesaa.net/article/169654401.html
気を取り直して…、というわけで、今回は「コンプ」について説明させていただいた。コンプは録音時の要素なので、オーディオファンが各自でどうにかできるものではない。しかしオーディオの根本は音源だ。その制作過程に思いを馳せることも、オーディオの楽しみのひとつと言えるだろう。
高橋敦 TAKAHASHI,Atsushi 趣味も仕事も文章作成。仕事としての文章作成はオーディオ関連が主。他の趣味は読書、音楽鑑賞、アニメ鑑賞、映画鑑賞、エレクトリック・ギターの演奏と整備、猫の溺愛など。趣味を仕事に生かし仕事を趣味に生かして日々活動中。 |
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