公開日 2014/07/07 12:15
バロック・ヴァイオリニスト高橋未希さんに訊く古楽器の魅力
タッド・ガーフィンクルが手掛けたCDアルバム『モノローグ』発売
現在発売中の季刊オーディオアクセサリー誌153号では、特別付録としてMAレコーディングズのCDサンプラーがついている。
そのCDサンプラーには13曲が収められているが、ラスト13トラック目に高橋未希さんの弾くバッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番〜アレグロ」が収録されている。
高橋未希さんはイギリスのバーミンガムに在住し、長く国内外で活躍しているバロック・ヴァイオリニストだ。この5月初旬、たまたま山梨で行われたヴァイオリンコンクールの審査員の任務で帰国されていたところを、特別に時間を作っていただき、インタビューさせていただいた。
なお、この6月初旬には、高橋さんのソロアルバム『高橋未希バロック・ヴァイオリン作品集〜モノローグ』がリリースされており、本インタビューでは、高橋さんのバロック・ヴァイオリンへの想いや、このアルバムの内容を中心にお聞きすることができた。
古楽用ヴァイオリンの“響き"と“発音"を聴いて
―――――オーディオアクセサリー誌では、付録に音源をご提供いただき、ありがとうございました。高橋さんは桐朋学園でヴァイオリンを専攻していらっしゃいましたが、その後トロントやベルリンで音楽の勉強を続け、演奏活動をしているうちに、2003年頃から古楽の道へ入っていったそうですね。
高橋 ええ。マニアックな道を突き進んでおります(笑)。
―――――オーディオアクセサリー誌の付録にいただいたバッハのヴァイオリン・ソナタ2番は非常に美しい音楽でした。静謐な空間のなかに研ぎ澄まされた音が鳴っていて。ヴァイオリンの音というのは魅力的だなぁ、と改めて思いました。
高橋 ありがとうございます。ヴァイオリンは“歌に近い楽器"と言われているほど、音色の幅が広いですよね。旋律楽器ということもありますし。柔らかい音も出せればリズムもとれるし、アクロバット的な音も出せます。リコーダーやトラヴェルソっぽい音を出すこともできますよ。
―――――それは古楽器のヴァイオリンに言えることですか?
高橋 ヴァイオリン全般に言えることですね。ただ、古楽用のヴァイオリンは、響きがいっぱい出ます。歌、しゃべりに近いということは先ほども言いましたが、アーティキュレーションがよく聴こえるんです。
―――――アーティキュレーションとは?
高橋 「発音」です。古楽用のヴァイオリンは雑音まで聴こえるようになっています。それに対してモダン・ヴァイオリンは均一で、つやつやしていて、平板な音です。
―――――古楽用のヴァイオリンとは、バロック時代当時のままのものなのですか?
高橋 いえ。古楽器(=ピリオド楽器)というのは、実際に古いとは限らないんです。現代の楽器製作者が、当時の楽器を再現して、新しい古楽器を作る場合もありますし、実際に古いヴァイオリンを当時の状態に戻して使う場合があります。私は後者の方法で当時の状態に戻した2台使っています。
今回作ったアルバム『モノローグ』の、テレマンとバッハに使ったのは、1674年製の「ガリアーノ」です。今年で340歳ですね! 一度モダンに改造されていた状態だったものを、元に戻したものです。
もうひとつは、作者不詳のオーストリア製で1800年より前と推測されています。胴体が膨らんでいまして……例えばストラディヴァリは平たいんですが、その前のアマティやシュタイナーは胴体が膨らんでいるように、古楽器のヴァイオリンは膨らんだ形が多いんですよ。こちらの楽器もモダンに改造されているものを戻したものだと思います。
たいていの楽器は1回モダンにされているんです。良い楽器ほど昔からずっと現役で使われてきているので、その時代のモードに合わせて、改造されているものなんですね。
古楽のアプローチは、例えば18世紀のレパートリーを演奏しようという時、楽器をその時代の形に戻して演奏するというものです。
―――――いつから古楽というアプローチが始まったんですか?
高橋 私は転向したのは2003年頃からですが、一般的には、第一次大戦前から始まって、1960年代から再びさかんになりました。その流れを作ったパイオニア達はたいへんな努力をしたんですよね。ヴァイオリンのガット弦なども手に入らなくて釣り糸で代用したとか。
―――――古楽の魅力とは、どんなところにあるのでしょうか。
高橋 しゃべりに近いというのは先ほども言いましたが、曲のアフェクト……キャラクターを重視するんですね。ワードペインティングというんですが、歌から来ているんです。
バロック音楽は、当時は「20年経ったら古くさい音楽」だったんです。ポピュラーミュージックみたいな感じですね。街の広場などでアリアを口ずさんでいるといったような、そんな存在だったんです。
―――――流行歌だったということですか。
高橋 そうですね。自分の感情と近いとか、その曲の情緒をとっても重視しているんです。それに近い距離で聴けるんですよ。音量もあまり大きく演奏することもなくて、もともと教会は響きがあるから自然に音が広がりますし、サロンで演奏する場合もそれほど大きい空間ではなかったんですね。曲の長さも2〜5分と短く、親しみやすいものが多かったんですよ。バッハは長めですが、それでもヴァイオリン・コンチェルトが全楽章で13分ですから。
そんなに肩肘はらずに、逆にいうと、何も考えないで聴いて欲しいですね(笑)。曲の構成も難しいものはありませんから。パッサカリアという形式がありますが、これはベースラインが繰り返されるというだけの形式で、楽しんでもらえると思います。
―――――高橋さんのこのアルバムのライナーを見ますと、各楽曲の解説が高橋さんご自身で書かれていますね。パッサカリアが使われているのは『モノローグ』に収録したどちらの曲ですか?
高橋 ビーバーの曲と、最後に収録したディンスレーの曲です。ビーバーの曲は「ソファミレ」がずっと繰り返されるんですよ。ディンスレーの曲は、おそらく古楽初録音です。これは「葬送ヴァイオリニストのギルド」という職人組合がイギリスにあったというお話がありまして……『葬送ヴァイオリンの不完全な歴史』(2006年刊)という本なのですが、その本の巻末に巻末付録のように載っていた曲なのです。ディンスレーという作曲家はこの本の登場人物で、ギルドのメンバーのひとりなんですよ。この著作はおそらく創作であって、この曲も本の作者ロハン・クリワチェク氏が作曲したであろうものですが、真偽のほどはさておいて、録音に残したいものだと思って演奏・収録させていただきました。
―――――ということは、現代曲かもしれないと?
高橋 ええ。現代曲が入ってちょうどいいかなと思って(笑)。この本がとても説得力があったんですよ。作者のクリワチェク氏に、録音の許可を求めて連絡をとった時点では、私は本当に葬送ヴァイオリニストのギルドがあって、その図書館に残されていた楽曲だと思っていたのですが、その後、実は全てが創作で、楽曲も創作という疑惑(?)が浮かび上がってきまして。でも、曲に罪はない(笑)。もし全てが創作であったらあったで、それはまた壮大な創作だなぁ、と感服しまして(笑)。
―――――これがパッサカリア形式でできているんですね。古楽って面白いなあと思えてきました。
高橋 多様になってきているんですね、曲の解釈のしかたが。その当時にどんな楽器が使われて、どんな演奏習慣があったかということをリサーチすると作者の意図した魅力が現れてきますよね。古楽はそれが表現されていると思うんですよ。バロック時代のフランスの様式、イタリアの様式、ドイツの様式は全部違うんですよ。違う楽器が使われていたり、違う編成であったり、言語も違うし、雰囲気が違うんですよ。多種多様、カラフルなんですよ。
古楽の発声で歌うピュア・サードは絶世の美しさ
―――――高橋さんが古楽に転向していったのは、いま、おっしゃったような魅力に気づいたからでしょうか?
高橋 逆に言うとモダンの方向性に疑問を持ったんですよ。バッハもモーツァルトもベートーヴェンもブラームスも、皆同じ雰囲気になっているな、と。私の先生が、作曲家の意図を忠実に組んでいこう、という主義で、バッハ自身が書いたマニスクリプトを見て弾きなさい、と。それを当時の楽器で弾くと、やはり弾きやすいんですよ。良さが出るんです。
―――――作曲家の意図を尊重したいという意志と、探究心があるんですね。さて、ところでこのアルバムは、M・Aレコーディングズのレーベルを主宰されている録音家のタッド・ガーフィンクルさんと高橋さんの共同プロデュース作品になっていますね?
高橋 そうですね。私のほうは企画・制作や編集のディレクションなどを行いました。
―――――タッドさんとの出会いは?
高橋 以前、デンハーグ・ピアノ・クィンテットの収録でタッドさんと出会いました。私はデンハーグ・ピアノ・クィンテットのメンバー(もちろんヴァイオリンの担当)として、シューベルトの「ます」を演奏したんです。それから、自分のソロ作品も作ろうということになり、タッドさんに私が依頼をいたしました。
―――――タッドさんの手掛ける音作りはどんな印象をお持ちですか?
高橋 私の出している音を尊重してくれるところが良かったです。録音する方によっては、楽器に近い場所にマイクを置くために、不自然に聴こえる音に仕上がってしまっているCDが世の中にはありますが、タッドさんの録音はとても自然で、実際に鳴っている音に近いと思います。響きのいい教会で、ワンポイントステレオで録っていることにもよると思います。
―――――ヨーロッパには響きの良い教会でよく録音されているのですね。
高橋 そうですね。このアルバムはベルリン郊外にあるこじんまりした教会で録音しました。レコーディングにもよく使われているようです。ヨーロッパにはレコーディング教会といって、レコーディング専用になってしまっている教会も結構あるんですよ。
―――――高橋さんの現在の音楽活動はどのようなペースでなさっていますか? いま、1歳のお子様がいらっしゃると聞きましたが。
高橋 年1〜2回くらいのペースで日本に帰国してコンサートを行っており、そのほかはロンドンでの演奏活動も多いです。グループでの活動では、スイスのバーゼルにある古楽アンサンブルから頻繁に呼ばれて演奏していました。子どもが生まれた関係で一部お休みをいただいていますが。
―――――古楽専門の演奏活動をしておられるのですね。
高橋 そうです。私はモダン楽器の音の出し方より、古楽の楽器のほうが自分に合っていますし。
―――――合う、合わないがあるのですか。
高橋 ええ。モダンは音量をたくさん出さなければなりません。コンチェルトなどではオーケストラといっしょに演奏しますでしょう。それに対して、古楽ヴァイオリンは、楽器がよく響きますので、その響きをじゃましないことや、アーティキュレーション(発音)の表現力をつけることが大切なのです。
例えば、オペラ歌手の発声の発声と、古楽の歌手の発声も違います。古楽の歌手は透明感のある声で歌います。ヴィヴラートは基本的には少なく、かけるときは意識的にかけます。オペラ歌手はデフォルトでヴィヴラートをかけますよね。私はオペラ歌手が、音程が分からなくなってしまうほどヴィヴラートをかけるのがちょっと苦手で(笑)。それより、聴き手と近いところでアーティキュレーションを大事にして音を出すほうが自分に合っているんですよ。
―――――−なるほど。その感覚分かるような気がします。
高橋 私が古楽を始めたばかりの頃、カナダのバンクーバーのコンクールで、古楽のカウンターテナーとソプラノ歌手の二重唱を聴いた経験があるのですが……。ヴィヴラートなしで綺麗にハモった瞬間、「美しい!」と思ったんですよ。美しく響く3度……鍵盤楽器の3度ではなくて、弦楽器や人間の声などでは可能な、「ピュア・サード」です。この美しさに感動してしまったんです。
音にこだわる方は特に、古楽のこういった微妙なニュアンスを味わって欲しいです。ぜひ私のアルバム『モノローグ』を聴いてください。
<CD情報>
■レーベル:MAレコーディングズ
■品番:MAJ509
■曲目:
・トマス・バルツァー:プレリュード ト長調
・J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番
・ジョバンニ・バサーノ:リチェルカーレ第2番、ト長調
・ハインリヒ・イグナツ・フランツ・フォン・ビーバー :『ロザリオのソナタ』より、パッサカリア ト短調
・ゲオルグ・フィリップ・テレマン:無伴奏ヴァイオリンのためのファンタジー第7番
・バブコット/ディンスレー:『詳細な覚書を基にトマス・ディンスレーによって復元されたジョージ・バブコットの間違いの多い哀悼曲』
■使用楽器:
ヴァイオリン
・ニコラ・ガリアーノ1674年(バッハ、テレマンに使用)
・作者不詳 オーストリア製と推測される(バルツァー、バサーノ、ビーバー、バブコット/ディンスレーに使用)
弓
・ヴァレンティン・エルミュラー(Valentin Oelmuller)早期バロックモデル(バルツァー、バサーノ、バブコット/ディンスレーに使用)
・ゲルハルト・ランドウェーア:後期バロックモデル(バッハ、テレマンに使用)
・ゲルハルト・ランドウェーア:イタリアンバロックモデル(ビーバーに使用)
■収録
ドイツ・ベルリン・ヴァンゼー村のアンドレアッシュキルッヒ(教会)にて
2011年8月末
5.6MHz DSD録音
レコーダー:KORG MR-2000S
マイクロフォン:米谷淳一氏による無指向性振動板使用、DC電源のライン出力のもの
ケーブル:ステレオラボの「トンボ」、米国クリス・ソモヴィーゴ作
録音エンジニア:タッド・ガーフィンクル/ディレクション:アダム・レーマー
イラスト&カバー:山成美穂
製作:高橋未希
<高橋未希プロフィール>
桐朋学園大学音楽科、グレン・グールド音楽院(カナダ)、ベルリン芸術大学にて、それぞれ、原田幸一郎氏、ローランド・フェニヴェシュ氏、イルムガルド・フンゲボルト氏に師事。2005年第三回国際テレマンコンクールで優勝、並びに装飾賞を獲得。同年、ブルージュ国際古楽コンクールにて、優勝と聴衆賞を受賞。2005年1〜5月まで、アカデミア・モンティス・レガリスのバロック・オーケストラアカデミーにコンサートマスターと第二ヴァイオリン首席として活躍。2006年にはバッハ・フェスティバル、テレマン・フェスティバルなどヨーロッパ各地でのコンサートで好評を得る。同年11月には日本で、2007年11月にはアメリカでのデビューリサイタルを開催。
そのCDサンプラーには13曲が収められているが、ラスト13トラック目に高橋未希さんの弾くバッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番〜アレグロ」が収録されている。
高橋未希さんはイギリスのバーミンガムに在住し、長く国内外で活躍しているバロック・ヴァイオリニストだ。この5月初旬、たまたま山梨で行われたヴァイオリンコンクールの審査員の任務で帰国されていたところを、特別に時間を作っていただき、インタビューさせていただいた。
なお、この6月初旬には、高橋さんのソロアルバム『高橋未希バロック・ヴァイオリン作品集〜モノローグ』がリリースされており、本インタビューでは、高橋さんのバロック・ヴァイオリンへの想いや、このアルバムの内容を中心にお聞きすることができた。
古楽用ヴァイオリンの“響き"と“発音"を聴いて
―――――オーディオアクセサリー誌では、付録に音源をご提供いただき、ありがとうございました。高橋さんは桐朋学園でヴァイオリンを専攻していらっしゃいましたが、その後トロントやベルリンで音楽の勉強を続け、演奏活動をしているうちに、2003年頃から古楽の道へ入っていったそうですね。
高橋 ええ。マニアックな道を突き進んでおります(笑)。
―――――オーディオアクセサリー誌の付録にいただいたバッハのヴァイオリン・ソナタ2番は非常に美しい音楽でした。静謐な空間のなかに研ぎ澄まされた音が鳴っていて。ヴァイオリンの音というのは魅力的だなぁ、と改めて思いました。
高橋 ありがとうございます。ヴァイオリンは“歌に近い楽器"と言われているほど、音色の幅が広いですよね。旋律楽器ということもありますし。柔らかい音も出せればリズムもとれるし、アクロバット的な音も出せます。リコーダーやトラヴェルソっぽい音を出すこともできますよ。
―――――それは古楽器のヴァイオリンに言えることですか?
高橋 ヴァイオリン全般に言えることですね。ただ、古楽用のヴァイオリンは、響きがいっぱい出ます。歌、しゃべりに近いということは先ほども言いましたが、アーティキュレーションがよく聴こえるんです。
―――――アーティキュレーションとは?
高橋 「発音」です。古楽用のヴァイオリンは雑音まで聴こえるようになっています。それに対してモダン・ヴァイオリンは均一で、つやつやしていて、平板な音です。
―――――古楽用のヴァイオリンとは、バロック時代当時のままのものなのですか?
高橋 いえ。古楽器(=ピリオド楽器)というのは、実際に古いとは限らないんです。現代の楽器製作者が、当時の楽器を再現して、新しい古楽器を作る場合もありますし、実際に古いヴァイオリンを当時の状態に戻して使う場合があります。私は後者の方法で当時の状態に戻した2台使っています。
今回作ったアルバム『モノローグ』の、テレマンとバッハに使ったのは、1674年製の「ガリアーノ」です。今年で340歳ですね! 一度モダンに改造されていた状態だったものを、元に戻したものです。
もうひとつは、作者不詳のオーストリア製で1800年より前と推測されています。胴体が膨らんでいまして……例えばストラディヴァリは平たいんですが、その前のアマティやシュタイナーは胴体が膨らんでいるように、古楽器のヴァイオリンは膨らんだ形が多いんですよ。こちらの楽器もモダンに改造されているものを戻したものだと思います。
たいていの楽器は1回モダンにされているんです。良い楽器ほど昔からずっと現役で使われてきているので、その時代のモードに合わせて、改造されているものなんですね。
古楽のアプローチは、例えば18世紀のレパートリーを演奏しようという時、楽器をその時代の形に戻して演奏するというものです。
―――――いつから古楽というアプローチが始まったんですか?
高橋 私は転向したのは2003年頃からですが、一般的には、第一次大戦前から始まって、1960年代から再びさかんになりました。その流れを作ったパイオニア達はたいへんな努力をしたんですよね。ヴァイオリンのガット弦なども手に入らなくて釣り糸で代用したとか。
―――――古楽の魅力とは、どんなところにあるのでしょうか。
高橋 しゃべりに近いというのは先ほども言いましたが、曲のアフェクト……キャラクターを重視するんですね。ワードペインティングというんですが、歌から来ているんです。
バロック音楽は、当時は「20年経ったら古くさい音楽」だったんです。ポピュラーミュージックみたいな感じですね。街の広場などでアリアを口ずさんでいるといったような、そんな存在だったんです。
―――――流行歌だったということですか。
高橋 そうですね。自分の感情と近いとか、その曲の情緒をとっても重視しているんです。それに近い距離で聴けるんですよ。音量もあまり大きく演奏することもなくて、もともと教会は響きがあるから自然に音が広がりますし、サロンで演奏する場合もそれほど大きい空間ではなかったんですね。曲の長さも2〜5分と短く、親しみやすいものが多かったんですよ。バッハは長めですが、それでもヴァイオリン・コンチェルトが全楽章で13分ですから。
そんなに肩肘はらずに、逆にいうと、何も考えないで聴いて欲しいですね(笑)。曲の構成も難しいものはありませんから。パッサカリアという形式がありますが、これはベースラインが繰り返されるというだけの形式で、楽しんでもらえると思います。
―――――高橋さんのこのアルバムのライナーを見ますと、各楽曲の解説が高橋さんご自身で書かれていますね。パッサカリアが使われているのは『モノローグ』に収録したどちらの曲ですか?
高橋 ビーバーの曲と、最後に収録したディンスレーの曲です。ビーバーの曲は「ソファミレ」がずっと繰り返されるんですよ。ディンスレーの曲は、おそらく古楽初録音です。これは「葬送ヴァイオリニストのギルド」という職人組合がイギリスにあったというお話がありまして……『葬送ヴァイオリンの不完全な歴史』(2006年刊)という本なのですが、その本の巻末に巻末付録のように載っていた曲なのです。ディンスレーという作曲家はこの本の登場人物で、ギルドのメンバーのひとりなんですよ。この著作はおそらく創作であって、この曲も本の作者ロハン・クリワチェク氏が作曲したであろうものですが、真偽のほどはさておいて、録音に残したいものだと思って演奏・収録させていただきました。
―――――ということは、現代曲かもしれないと?
高橋 ええ。現代曲が入ってちょうどいいかなと思って(笑)。この本がとても説得力があったんですよ。作者のクリワチェク氏に、録音の許可を求めて連絡をとった時点では、私は本当に葬送ヴァイオリニストのギルドがあって、その図書館に残されていた楽曲だと思っていたのですが、その後、実は全てが創作で、楽曲も創作という疑惑(?)が浮かび上がってきまして。でも、曲に罪はない(笑)。もし全てが創作であったらあったで、それはまた壮大な創作だなぁ、と感服しまして(笑)。
―――――これがパッサカリア形式でできているんですね。古楽って面白いなあと思えてきました。
高橋 多様になってきているんですね、曲の解釈のしかたが。その当時にどんな楽器が使われて、どんな演奏習慣があったかということをリサーチすると作者の意図した魅力が現れてきますよね。古楽はそれが表現されていると思うんですよ。バロック時代のフランスの様式、イタリアの様式、ドイツの様式は全部違うんですよ。違う楽器が使われていたり、違う編成であったり、言語も違うし、雰囲気が違うんですよ。多種多様、カラフルなんですよ。
古楽の発声で歌うピュア・サードは絶世の美しさ
―――――高橋さんが古楽に転向していったのは、いま、おっしゃったような魅力に気づいたからでしょうか?
高橋 逆に言うとモダンの方向性に疑問を持ったんですよ。バッハもモーツァルトもベートーヴェンもブラームスも、皆同じ雰囲気になっているな、と。私の先生が、作曲家の意図を忠実に組んでいこう、という主義で、バッハ自身が書いたマニスクリプトを見て弾きなさい、と。それを当時の楽器で弾くと、やはり弾きやすいんですよ。良さが出るんです。
―――――作曲家の意図を尊重したいという意志と、探究心があるんですね。さて、ところでこのアルバムは、M・Aレコーディングズのレーベルを主宰されている録音家のタッド・ガーフィンクルさんと高橋さんの共同プロデュース作品になっていますね?
高橋 そうですね。私のほうは企画・制作や編集のディレクションなどを行いました。
―――――タッドさんとの出会いは?
高橋 以前、デンハーグ・ピアノ・クィンテットの収録でタッドさんと出会いました。私はデンハーグ・ピアノ・クィンテットのメンバー(もちろんヴァイオリンの担当)として、シューベルトの「ます」を演奏したんです。それから、自分のソロ作品も作ろうということになり、タッドさんに私が依頼をいたしました。
―――――タッドさんの手掛ける音作りはどんな印象をお持ちですか?
高橋 私の出している音を尊重してくれるところが良かったです。録音する方によっては、楽器に近い場所にマイクを置くために、不自然に聴こえる音に仕上がってしまっているCDが世の中にはありますが、タッドさんの録音はとても自然で、実際に鳴っている音に近いと思います。響きのいい教会で、ワンポイントステレオで録っていることにもよると思います。
―――――ヨーロッパには響きの良い教会でよく録音されているのですね。
高橋 そうですね。このアルバムはベルリン郊外にあるこじんまりした教会で録音しました。レコーディングにもよく使われているようです。ヨーロッパにはレコーディング教会といって、レコーディング専用になってしまっている教会も結構あるんですよ。
―――――高橋さんの現在の音楽活動はどのようなペースでなさっていますか? いま、1歳のお子様がいらっしゃると聞きましたが。
高橋 年1〜2回くらいのペースで日本に帰国してコンサートを行っており、そのほかはロンドンでの演奏活動も多いです。グループでの活動では、スイスのバーゼルにある古楽アンサンブルから頻繁に呼ばれて演奏していました。子どもが生まれた関係で一部お休みをいただいていますが。
―――――古楽専門の演奏活動をしておられるのですね。
高橋 そうです。私はモダン楽器の音の出し方より、古楽の楽器のほうが自分に合っていますし。
―――――合う、合わないがあるのですか。
高橋 ええ。モダンは音量をたくさん出さなければなりません。コンチェルトなどではオーケストラといっしょに演奏しますでしょう。それに対して、古楽ヴァイオリンは、楽器がよく響きますので、その響きをじゃましないことや、アーティキュレーション(発音)の表現力をつけることが大切なのです。
例えば、オペラ歌手の発声の発声と、古楽の歌手の発声も違います。古楽の歌手は透明感のある声で歌います。ヴィヴラートは基本的には少なく、かけるときは意識的にかけます。オペラ歌手はデフォルトでヴィヴラートをかけますよね。私はオペラ歌手が、音程が分からなくなってしまうほどヴィヴラートをかけるのがちょっと苦手で(笑)。それより、聴き手と近いところでアーティキュレーションを大事にして音を出すほうが自分に合っているんですよ。
―――――−なるほど。その感覚分かるような気がします。
高橋 私が古楽を始めたばかりの頃、カナダのバンクーバーのコンクールで、古楽のカウンターテナーとソプラノ歌手の二重唱を聴いた経験があるのですが……。ヴィヴラートなしで綺麗にハモった瞬間、「美しい!」と思ったんですよ。美しく響く3度……鍵盤楽器の3度ではなくて、弦楽器や人間の声などでは可能な、「ピュア・サード」です。この美しさに感動してしまったんです。
音にこだわる方は特に、古楽のこういった微妙なニュアンスを味わって欲しいです。ぜひ私のアルバム『モノローグ』を聴いてください。
<CD情報>
■レーベル:MAレコーディングズ
■品番:MAJ509
■曲目:
・トマス・バルツァー:プレリュード ト長調
・J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番
・ジョバンニ・バサーノ:リチェルカーレ第2番、ト長調
・ハインリヒ・イグナツ・フランツ・フォン・ビーバー :『ロザリオのソナタ』より、パッサカリア ト短調
・ゲオルグ・フィリップ・テレマン:無伴奏ヴァイオリンのためのファンタジー第7番
・バブコット/ディンスレー:『詳細な覚書を基にトマス・ディンスレーによって復元されたジョージ・バブコットの間違いの多い哀悼曲』
■使用楽器:
ヴァイオリン
・ニコラ・ガリアーノ1674年(バッハ、テレマンに使用)
・作者不詳 オーストリア製と推測される(バルツァー、バサーノ、ビーバー、バブコット/ディンスレーに使用)
弓
・ヴァレンティン・エルミュラー(Valentin Oelmuller)早期バロックモデル(バルツァー、バサーノ、バブコット/ディンスレーに使用)
・ゲルハルト・ランドウェーア:後期バロックモデル(バッハ、テレマンに使用)
・ゲルハルト・ランドウェーア:イタリアンバロックモデル(ビーバーに使用)
■収録
ドイツ・ベルリン・ヴァンゼー村のアンドレアッシュキルッヒ(教会)にて
2011年8月末
5.6MHz DSD録音
レコーダー:KORG MR-2000S
マイクロフォン:米谷淳一氏による無指向性振動板使用、DC電源のライン出力のもの
ケーブル:ステレオラボの「トンボ」、米国クリス・ソモヴィーゴ作
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