公開日 2017/11/20 11:32
カナダのハイエンドメーカー「SIMオーディオ」、その強みを本国マネージャーに聞いた
アンプやプレーヤーなど幅広く展開
SIMオーディオはカナダのメーカーで、名前は知られていたが不思議に日本での取り扱いがなかった。数年前にようやくディナウディオ・ジャパンが輸入を開始したのが最初である。アンプとCDプレーヤーを中心に、現在ではストリーミング・オーディオでも活発な開発を進めている。
今回セールス・マネージャーを務めるエティエンヌ・ゴーチェ氏が来日し、ようやく詳しい話が聞けることになった。早速その一部始終をお伝えすることにしよう。
■SIMオーディオの歴史と強み
そもそもSIMオーディオとはどんな企業で、どういうところを強み(つまり売り)にしているのか。ちょっと露骨かとは思ったが、まず単刀直入に訊いてみた。
「そうですね、ではまず簡単にSIMオーディオの歴史についてお話ししましょう」とゴーチェ氏。6年前に同社へ入社したそうだが、それ以前のことにも詳しいようだ。
「SIMオーディオは1980年にVictor Simaという人が創設したメーカーです。最初の製品はセパレートのプリアンプとパワーアンプで、リーズナブルな価格で最高の音質を追求したいというのが目的だったようです」。ごく小規模な企業だったらしい。
「1994年に、途中から経営に加わっていたジャン・プーランに会社を譲渡します」。このプーラン氏が最近までCEOであった。「発展を始めたのはこのときからで、製品ジャンルも広がり取り引き先も増えました。現在のブランドとしているMOONシリーズを立ち上げたのも、1997年のことです」。
1994年といえばCDが登場して12年も経った頃である。米国ではかなり後発と言っていい。「1998年からは海外への輸出も始まりました。フラグシップのEvolutionシリーズの発表が2005年のことです」この頃はすでに、米国ハイエンドに翳りが見え始めていた時期ではなかったか。
「古くからの有名ブランドが、いくつか売却されたりしていましたね。我々がいまのような規模になったのはもう少し後で、例えば私が入社した6年前には小売店は35店でしたが、現在では65店になっています。また輸出先も32ヵ国から現在は44ヵ国に増えました。実際この2年間で、売り上げは55%増加しています」
ハイエンドメーカーとしての体制が整い、その存在が広く認知されるようになったのはここ数年のことなのだ。名前がよく知られていなかったのも、輸入がなかなか始まらなかったのも、決して日本だけのことではなかったのである。
■音楽への情熱を持った集中度の高いメーカー
さて、それではメーカーとしての特色はどんなものなのだろうかと訊いてみると、意外な答えが返ってきた。「設計・開発から生産まで、全て自社工場で行っています」という。
本社があるのはモントリオールだそうだ。4万平方フィートというから約3,600平方メートル。1,200坪といったところか。海外での生産は行っていないという。いったい従業員はどれくらいいるのか?
「全部で40人です」。少ない、と思う。日本のハイエンド・メーカーだとその倍ぐらいだ。よほど自動化などが進んでいるのかと思ったら、「それは違います。アルミ切削用のCNCマシーンは自動ですが、あとは人の手で組み立てています。このためプリント基板は非常に速いスピードでできるような専用のラインを特別に作っています」。
パーツ類も内製化しているという。「トランスも大きなものはモントリオールの専門メーカーで作ってもらっていますが、小さなトランスは社内で作ります。ほかのパーツもできるだけ内製化していますが、仮に外部に出すときでもモントリオール市内、ケベック州内、それがだめならカナダ国内という風に、なるべく近くを選んでいます」。
アルミの切削マシーンと聞いてちょっと驚いた。筐体のパネルなどを製作するのだろうが、こういうものまで社内で製作しているメーカーというのはあまり聞いたことがない。特にハイエンドではそうだ。それが40人体制でできるというのは、よほど効率がいいのか、システムがよくできているのだろう。
「SIMオーディオの人間は、みんな音楽に対して強いパッションを持っています。クリスマスの日にはホールを2つ開放してパーティを開くのですが、それぞれが自分のプレイリストやソースを持ち寄って音楽を鳴らしたりします。内容は一人一人みんな違いますが、それでも音楽に対する情熱は変わりません」。
どうやらパズルのピースがハマってくるように、SIMオーディオのおおよその外形が見えてきた。これは想像だが、設備の整った工場で非常に質の高い技術や専門知識を持った人々が、意気揚々と製品の組み立てや梱包をしている様子が目に浮かぶ。考えていたよりもずっと集中度の高いメーカーのようだ。
技術的な特徴はどんなところにあるのかと訊くと、資料を示しながらあれもこれもと教えてくれた。代表的なところでは、「MOONバポーラ・トランジスター」。モトローラ社との共同開発による専用デバイスだという。回路面ではDCカップリング、大容量トロイダル・トランス、ノンNFBなどが次々と出てくる。またデジタルではESS社の32ビットDACを使用したのは同社が最初だそうだし、それ以前に24ビット96kHz入力のCDプレーヤーも世界初だという。このほか筐体の制振機構など、機械的な面にも独自の技術が開発されている。
これだけのメーカーが、いままで我が国で知られずに来たのも不思議と言わざるを得ないが、プロモーションなどに積極的に取り組み始めたのはごく最近のことだというから、それも無理はない。
日本の代表的なメーカーも、カナダには輸出している。そういったメーカーと比べて、SIMオーディオの音はどうなのか。
「日本のメーカーは非常に尊敬しています。特にプリント基板や内部の細かいところまでとても丁寧に作られていて、そういう点では私達も同じ方向を進んでいるように思います。音質についてもとても素晴らしい。ただ我々と違うのは、少々録音の悪いソースを持ってきてもいい音で鳴らせることで、SIMオーディオの場合は録音が悪いと悪いままに出してしまう。そういう違いがあるように感じます」。
SIMオーディオがどんな立ち位置にいるのかということを端的に示す例としてゴーチェ氏がカタログの1ページを指したのは、「888」という最新のパワーアンプだ。モノーラル構成で、価格はペアで16万カナダドル。1,400万円以上ということになる。自重100kgを越す大変な重量級だが、こういう製品を作るメーカーなのだ。
「オーディオにおけるフェラーリのようなものと言うのでしょうか、これで利益が出せるというわけではありません。それほどたくさん作れないのです。でもオーディオに対するそういう情熱を大事にしたいと思うのですね」。
ぜひ一度目にしたいものだが、同社の現在がここに象徴されているようであった。なおSIMオーディオというのは会社としての名称で、ブランドはMOONという。またEvolutionとNeo(ニーオ)はいずれもシリーズの呼び名だ。いままで混同しがちだったが、これではっきりした。
(井上千岳)
今回セールス・マネージャーを務めるエティエンヌ・ゴーチェ氏が来日し、ようやく詳しい話が聞けることになった。早速その一部始終をお伝えすることにしよう。
■SIMオーディオの歴史と強み
そもそもSIMオーディオとはどんな企業で、どういうところを強み(つまり売り)にしているのか。ちょっと露骨かとは思ったが、まず単刀直入に訊いてみた。
「そうですね、ではまず簡単にSIMオーディオの歴史についてお話ししましょう」とゴーチェ氏。6年前に同社へ入社したそうだが、それ以前のことにも詳しいようだ。
「SIMオーディオは1980年にVictor Simaという人が創設したメーカーです。最初の製品はセパレートのプリアンプとパワーアンプで、リーズナブルな価格で最高の音質を追求したいというのが目的だったようです」。ごく小規模な企業だったらしい。
「1994年に、途中から経営に加わっていたジャン・プーランに会社を譲渡します」。このプーラン氏が最近までCEOであった。「発展を始めたのはこのときからで、製品ジャンルも広がり取り引き先も増えました。現在のブランドとしているMOONシリーズを立ち上げたのも、1997年のことです」。
1994年といえばCDが登場して12年も経った頃である。米国ではかなり後発と言っていい。「1998年からは海外への輸出も始まりました。フラグシップのEvolutionシリーズの発表が2005年のことです」この頃はすでに、米国ハイエンドに翳りが見え始めていた時期ではなかったか。
「古くからの有名ブランドが、いくつか売却されたりしていましたね。我々がいまのような規模になったのはもう少し後で、例えば私が入社した6年前には小売店は35店でしたが、現在では65店になっています。また輸出先も32ヵ国から現在は44ヵ国に増えました。実際この2年間で、売り上げは55%増加しています」
ハイエンドメーカーとしての体制が整い、その存在が広く認知されるようになったのはここ数年のことなのだ。名前がよく知られていなかったのも、輸入がなかなか始まらなかったのも、決して日本だけのことではなかったのである。
■音楽への情熱を持った集中度の高いメーカー
さて、それではメーカーとしての特色はどんなものなのだろうかと訊いてみると、意外な答えが返ってきた。「設計・開発から生産まで、全て自社工場で行っています」という。
本社があるのはモントリオールだそうだ。4万平方フィートというから約3,600平方メートル。1,200坪といったところか。海外での生産は行っていないという。いったい従業員はどれくらいいるのか?
「全部で40人です」。少ない、と思う。日本のハイエンド・メーカーだとその倍ぐらいだ。よほど自動化などが進んでいるのかと思ったら、「それは違います。アルミ切削用のCNCマシーンは自動ですが、あとは人の手で組み立てています。このためプリント基板は非常に速いスピードでできるような専用のラインを特別に作っています」。
パーツ類も内製化しているという。「トランスも大きなものはモントリオールの専門メーカーで作ってもらっていますが、小さなトランスは社内で作ります。ほかのパーツもできるだけ内製化していますが、仮に外部に出すときでもモントリオール市内、ケベック州内、それがだめならカナダ国内という風に、なるべく近くを選んでいます」。
アルミの切削マシーンと聞いてちょっと驚いた。筐体のパネルなどを製作するのだろうが、こういうものまで社内で製作しているメーカーというのはあまり聞いたことがない。特にハイエンドではそうだ。それが40人体制でできるというのは、よほど効率がいいのか、システムがよくできているのだろう。
「SIMオーディオの人間は、みんな音楽に対して強いパッションを持っています。クリスマスの日にはホールを2つ開放してパーティを開くのですが、それぞれが自分のプレイリストやソースを持ち寄って音楽を鳴らしたりします。内容は一人一人みんな違いますが、それでも音楽に対する情熱は変わりません」。
どうやらパズルのピースがハマってくるように、SIMオーディオのおおよその外形が見えてきた。これは想像だが、設備の整った工場で非常に質の高い技術や専門知識を持った人々が、意気揚々と製品の組み立てや梱包をしている様子が目に浮かぶ。考えていたよりもずっと集中度の高いメーカーのようだ。
技術的な特徴はどんなところにあるのかと訊くと、資料を示しながらあれもこれもと教えてくれた。代表的なところでは、「MOONバポーラ・トランジスター」。モトローラ社との共同開発による専用デバイスだという。回路面ではDCカップリング、大容量トロイダル・トランス、ノンNFBなどが次々と出てくる。またデジタルではESS社の32ビットDACを使用したのは同社が最初だそうだし、それ以前に24ビット96kHz入力のCDプレーヤーも世界初だという。このほか筐体の制振機構など、機械的な面にも独自の技術が開発されている。
これだけのメーカーが、いままで我が国で知られずに来たのも不思議と言わざるを得ないが、プロモーションなどに積極的に取り組み始めたのはごく最近のことだというから、それも無理はない。
日本の代表的なメーカーも、カナダには輸出している。そういったメーカーと比べて、SIMオーディオの音はどうなのか。
「日本のメーカーは非常に尊敬しています。特にプリント基板や内部の細かいところまでとても丁寧に作られていて、そういう点では私達も同じ方向を進んでいるように思います。音質についてもとても素晴らしい。ただ我々と違うのは、少々録音の悪いソースを持ってきてもいい音で鳴らせることで、SIMオーディオの場合は録音が悪いと悪いままに出してしまう。そういう違いがあるように感じます」。
SIMオーディオがどんな立ち位置にいるのかということを端的に示す例としてゴーチェ氏がカタログの1ページを指したのは、「888」という最新のパワーアンプだ。モノーラル構成で、価格はペアで16万カナダドル。1,400万円以上ということになる。自重100kgを越す大変な重量級だが、こういう製品を作るメーカーなのだ。
「オーディオにおけるフェラーリのようなものと言うのでしょうか、これで利益が出せるというわけではありません。それほどたくさん作れないのです。でもオーディオに対するそういう情熱を大事にしたいと思うのですね」。
ぜひ一度目にしたいものだが、同社の現在がここに象徴されているようであった。なおSIMオーディオというのは会社としての名称で、ブランドはMOONという。またEvolutionとNeo(ニーオ)はいずれもシリーズの呼び名だ。いままで混同しがちだったが、これではっきりした。
(井上千岳)
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