公開日 2018/01/10 16:35
<CES>ゼンハイザーのフラグシップ密閉型ヘッドホン「HD 820」誕生秘話を開発者に聞く。音質レポも
プロトタイプをCESに出展
既報の通り、ドイツのゼンハイザーがCESで密閉型ヘッドホンのフラグシップモデル「HD 820」を発表した。本機の開発に深く携わっている、ゼンハイザーのハイエンドモデル開発の責任者であるアクセル・グレル氏に新製品の詳細を訊いた。
まずは「HD 820」の企画がスタートした経緯からグレル氏にうかがった。
「HD 800は2009年に発売した、ハイエンドヘッドホンというジャンルを切り拓いたモデルです。皆様がご存知の通り、本機は開放型のヘッドホンで、発売後には世界中から高い評価をいただきました。音質についてはポジティブな声をいただきながら、中には『せっかく音が良いのに、オープン型なので生活環境音が聴こえてしまうことがある』という指摘も受けていました。これは密閉型のHD 800が要るのでは? と私たちも思い立って、市場調査を始めました」。
「やがて2012年から、私が中心になってプロジェクトを本格的に起ち上げることになりました。私たちのゴールは『HD 800/800 Sの音をそのまま密閉型ヘッドホンで実現すること』だったので、たやすいチャレンジではありませんでした。試作を繰り返して “まずまず” のものはできるのですが、納得が行く結果にはたどり着けていなかった頃、私がある別のプロジェクトに参加せざるを得なくなり、いったん密閉型の開発プロジェクトは同僚に預けて、要素技術のリサーチをこつこつと続けていました」。
「そうしている頃、2年前にあるブランドが発売した密閉型の高級ヘッドホンを聴く機会があり試聴してみたところ、当時私たちが辿り着いていたプロトタイプの音の方が上であると判断して、『これならプロジェクトをやり抜こう!』ということになって、HD 820を完成に向けてブラッシュアップしてきました」。
そして発表されたHD 820の、まずは外観にご注目いただきたい。イヤーカップの外側、振動板の背面を覆うカバーにガラス素材が使われている。
カラーをほぼ全体をマットブラックに統一したエッジの効いたデザインは、ゼンハイザーがスイスのチューリッヒに構えるプロダクトデザインセンターで、ハイエンド機を中心に関わるデザイン・マネージャーのラルフ・キットマン氏が手がけたものだ。
本体にガラス素材を選んだ理由について、グレル氏は「アコースティックとコスメティック、双方から強い魅力を感じたから」だと説いている。後者の理由については一目瞭然だが、音響的な観点からのメリットについてもう少し掘り下げて訊いてみよう。
「ドライバー背面のガラスカバーをよく見ていただけるとわかりますが、内側に向かって曲面加工を施しています。これはドライバーの背面から放出される音を拡散させて豊かな響きを持たせる効果を生んでいます。音を減衰させる効果もあるので、まるで開放型のようなヌケ感も得られます。コーニングのゴリラガラスを使っていますが、同社ではこのような曲面タイプのガラスを製造していなかったので、フラットなガラスを買い付けて、HD 820にぴたりと合うようにドイツのガラス工房に加工を依頼しました」。
高域の音の歪みを抑えるための吸音素材を追加した開放型モデル「HD 800 S」と同等の56mm口径のDuofolトランスデューサを搭載。音のチューニングは「HD 800シリーズと同じ広がりのある音場感」を追い込むことに腐心してきたとグレル氏が振り返っている。
ガラスカバーを装着して、密閉型のハウジングとしたために、そのままでは開放型のHD 800系よりも本体質量が上がってしまう。そこで本体のメインフレームは特殊樹脂素材のLeonaから、強度の高いポリアミド素材に変更している。さらにヒンジの部分は音質に気を配りながら “肉抜き” をして軽くしたことで、「HD 800 Sと比べて20〜30gの質量アップに止めている」(グレル氏)という。最終的には約390g〜400gのスペックに落ち着きそうだ。
人工皮革のイヤーパッドはクッション性が高く、身に着けると心地よさを実感できたが、グレル氏は「ドイツからラスベガスまでのフライト中に装着して使ってみましたが、側圧のバランスをもっと改良すべきと考えています。ヒンジのフレキシビリティも高めたいので、初夏を予定している発売時期までに仕上がりをチューニングしたい」と向上心に燃えていた。
■プロトタイプを試聴。ひとことで言うと「HD 800 Sと変わらない音」
なおCESに出展されたモデルはHDV 820とのセットで試聴することもできた。グレル氏は「ショーのためにプロトタイプを間に合わせましたが、音質はまだ最終段階ではありません」と語っていたが、せっかくなのでテイストだけでも確認しておきたいと考えて試聴してみた。
ひとことで言えば「HD 800 Sと変わらない音」がする。音練りが最終段階でないことを差し引けば、これからより音のつながりや“開放感”に近いクリアさと立体感が加わってくるのだろうか。鋭く立ち上がる解像感の高い中高域は定位も鮮やか。情報の密度も濃く、中低域は音のエネルギーをダイレクトにぶつけてくる厚みと力強さが期待通りだった。
イヤーパッドは着脱交換ができるほか、リケーブルはHD 800 Sのアクセサリーと互換性を確保した。本体のパッケージには6.35mm標準プラグのほか、4.4mm/5極ペンタコン端子のバランスケーブルが付属する。
グレル氏は「これから音質のチューニングにラストスパートをかけて、春のヘッドフォン祭りにお持ちして日本のファンの皆様に聴いてもらいたいと思っています」と語っていた。筆者も最終の仕上がりが今から楽しみで仕方がない。
(山本 敦)
まずは「HD 820」の企画がスタートした経緯からグレル氏にうかがった。
「HD 800は2009年に発売した、ハイエンドヘッドホンというジャンルを切り拓いたモデルです。皆様がご存知の通り、本機は開放型のヘッドホンで、発売後には世界中から高い評価をいただきました。音質についてはポジティブな声をいただきながら、中には『せっかく音が良いのに、オープン型なので生活環境音が聴こえてしまうことがある』という指摘も受けていました。これは密閉型のHD 800が要るのでは? と私たちも思い立って、市場調査を始めました」。
「やがて2012年から、私が中心になってプロジェクトを本格的に起ち上げることになりました。私たちのゴールは『HD 800/800 Sの音をそのまま密閉型ヘッドホンで実現すること』だったので、たやすいチャレンジではありませんでした。試作を繰り返して “まずまず” のものはできるのですが、納得が行く結果にはたどり着けていなかった頃、私がある別のプロジェクトに参加せざるを得なくなり、いったん密閉型の開発プロジェクトは同僚に預けて、要素技術のリサーチをこつこつと続けていました」。
「そうしている頃、2年前にあるブランドが発売した密閉型の高級ヘッドホンを聴く機会があり試聴してみたところ、当時私たちが辿り着いていたプロトタイプの音の方が上であると判断して、『これならプロジェクトをやり抜こう!』ということになって、HD 820を完成に向けてブラッシュアップしてきました」。
そして発表されたHD 820の、まずは外観にご注目いただきたい。イヤーカップの外側、振動板の背面を覆うカバーにガラス素材が使われている。
カラーをほぼ全体をマットブラックに統一したエッジの効いたデザインは、ゼンハイザーがスイスのチューリッヒに構えるプロダクトデザインセンターで、ハイエンド機を中心に関わるデザイン・マネージャーのラルフ・キットマン氏が手がけたものだ。
本体にガラス素材を選んだ理由について、グレル氏は「アコースティックとコスメティック、双方から強い魅力を感じたから」だと説いている。後者の理由については一目瞭然だが、音響的な観点からのメリットについてもう少し掘り下げて訊いてみよう。
「ドライバー背面のガラスカバーをよく見ていただけるとわかりますが、内側に向かって曲面加工を施しています。これはドライバーの背面から放出される音を拡散させて豊かな響きを持たせる効果を生んでいます。音を減衰させる効果もあるので、まるで開放型のようなヌケ感も得られます。コーニングのゴリラガラスを使っていますが、同社ではこのような曲面タイプのガラスを製造していなかったので、フラットなガラスを買い付けて、HD 820にぴたりと合うようにドイツのガラス工房に加工を依頼しました」。
高域の音の歪みを抑えるための吸音素材を追加した開放型モデル「HD 800 S」と同等の56mm口径のDuofolトランスデューサを搭載。音のチューニングは「HD 800シリーズと同じ広がりのある音場感」を追い込むことに腐心してきたとグレル氏が振り返っている。
ガラスカバーを装着して、密閉型のハウジングとしたために、そのままでは開放型のHD 800系よりも本体質量が上がってしまう。そこで本体のメインフレームは特殊樹脂素材のLeonaから、強度の高いポリアミド素材に変更している。さらにヒンジの部分は音質に気を配りながら “肉抜き” をして軽くしたことで、「HD 800 Sと比べて20〜30gの質量アップに止めている」(グレル氏)という。最終的には約390g〜400gのスペックに落ち着きそうだ。
人工皮革のイヤーパッドはクッション性が高く、身に着けると心地よさを実感できたが、グレル氏は「ドイツからラスベガスまでのフライト中に装着して使ってみましたが、側圧のバランスをもっと改良すべきと考えています。ヒンジのフレキシビリティも高めたいので、初夏を予定している発売時期までに仕上がりをチューニングしたい」と向上心に燃えていた。
■プロトタイプを試聴。ひとことで言うと「HD 800 Sと変わらない音」
なおCESに出展されたモデルはHDV 820とのセットで試聴することもできた。グレル氏は「ショーのためにプロトタイプを間に合わせましたが、音質はまだ最終段階ではありません」と語っていたが、せっかくなのでテイストだけでも確認しておきたいと考えて試聴してみた。
ひとことで言えば「HD 800 Sと変わらない音」がする。音練りが最終段階でないことを差し引けば、これからより音のつながりや“開放感”に近いクリアさと立体感が加わってくるのだろうか。鋭く立ち上がる解像感の高い中高域は定位も鮮やか。情報の密度も濃く、中低域は音のエネルギーをダイレクトにぶつけてくる厚みと力強さが期待通りだった。
イヤーパッドは着脱交換ができるほか、リケーブルはHD 800 Sのアクセサリーと互換性を確保した。本体のパッケージには6.35mm標準プラグのほか、4.4mm/5極ペンタコン端子のバランスケーブルが付属する。
グレル氏は「これから音質のチューニングにラストスパートをかけて、春のヘッドフォン祭りにお持ちして日本のファンの皆様に聴いてもらいたいと思っています」と語っていた。筆者も最終の仕上がりが今から楽しみで仕方がない。
(山本 敦)
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