公開日 2021/05/21 06:30
ソニー「推し払いキーホルダー」はなぜ『まどマギ』? 自分の推しで払えるのはいつ? 発案者に聞いた
“推し払い”は23個めの案
先日ソニーが発表した、電子マネー支払い機能を備えたアクリルキーホルダー「推し払いキーホルダー」。
その大胆なネーミングと、ありそうでなかったアイテムの登場は、Twitterなどで大きな話題に。試験販売のスタートと同時に、 “自分の推し” の製品化を望む声で溢れかえった。
今回は第一弾として『魔法少女まどか☆マギカ』より「鹿目まどか」「暁美ほむら」が推し払いキーホルダー化されたが、なぜこのコンテンツとキャラクターだったのか? 自分の推しで “推し払い” できる可能性はあるのか?
本商品の発案者であるソニー株式会社 FeliCa事業部 カード設計課 中野 晶さん、ネーミング発案者の同事業部 商品戦略課 小野 隆彦さんに、様々な疑問をぶつけてみた。
■なぜ今、『鬼滅の刃』ではないのか?
改めて、推し払いキーホルダーは、楽天Edyの電子マネー機能を搭載したアクリルキーホルダーだ。多層構成の製法によってFeliCaモジュールが埋め込まれており、厚さ約3mmという一般的なアクリルキーホルダーの厚みを実現。見た目に違和感なく、アクリルキーホルダーとしてカバンなどに装着することができる。
ソニーではすでに、リストバンドやキーホルダー、フィギュアなどに組み込むことができるコイン型トークン(非カード形状のFeliCaモジュール)を販売している。ただし、これらは法人向けの展開であり、今回はコンシューマー向けに完成した商品として販売するという点にまず違いがある。
このトークンも「リストバンドやキーホルダー、フィギュアなどに組み込む」と謳っている以上、推し払いキーホルダー同様の製品が開発され、市場に出回っていておかしくないのではと思うが、それには通信性能が問題になると中野さんが説明してくれた。
「FeliCaを使った電子マネーの利用には通信性能検定をパスし、リーダー/ライターとの通信距離が担保できている必要があります。これまでのトークンでは、フィギュアの奥まったところに配置されたりしてしまうと通信距離の問題で読み取りがうまくいかない可能性があるため、例えばフィギュアの底面に配置しないといけないといった制約がありました」(中野さん)
通信距離は、対象物(リーダー/ライター)と平行にした際の距離で決まる。この点でアクリルキーホルダーは、形状が変わっても厚みに大きな変化がないため、 “推し払い” するアイテムに適していた。金型などが不要で初期投資の面で生産しやすいということも、商品化の後押しとなっている。そこに思い至ったのは、中野さん自身がアクリルキーホルダーへの造詣が深いことも多分に影響しているようだ。
さて、今回は題材として『魔法少女まどか☆マギカ』が起用されている。もちろん記者もファンであり、高い人気があるのは分かるのだが、このタイミングであれば、ソニーグループのIPとして『鬼滅の刃』をピックアップし、竈門炭治郎/我妻善逸/嘴平伊之助(+竈門禰豆子)の “かまぼこ隊” で箱推し、または柱のメンバーを一挙ラインナップするのが “正解” では、などと考えてしまう。
これには当たり前だが、戦略的な理由がある。まず、今回多くのメーカーに声掛けしたが、特に興味を持ってくれたのがアニプレックスだったとのことだ。そして開発計画を進めるなか、どのIPでやるかという話に当然なるわけで、IPホルダーであるアニプレックスと開発・営業のメリットが合致する必要がある。そこで白羽の矢が立ったのが10周年を迎える『魔法少女まどか☆マギカ』だ。
「タイミングがお互いにありました。IPホルダーが望まれていない時期に商品を出すのと、望まれた時期に出すのでは全然違う。今回10週年で様々な施策があるなかで、推し払いキーホルダーを出させてもらいましたが、推し払いキーホルダーも10周年の特設サイトに載せてもらえるのでは、といった期待もあったんです」(小野さん)
そして『鬼滅の刃』については、「ものすごい量の商品が出ているIPでは、埋もれてしまうという懸念がありました」と、検討はされたものの、実現には至らなかったという。たしかに、街に鬼滅柄が溢れているなかでは、推し払いキーホルダーがここまで注目されなかった可能性はある。
その上で、「1年前でも1年後でも、時期がずれていれば『まどマギ』ではなかったかもしれない」と、アニバーサリーイヤーの『魔法少女まどか☆マギカ』こそがベストと判断された経緯が語られた。
さらに、『魔法少女まどか☆マギカ』がいまなお人気が続くコンテンツであることも大きい。チャレンジングな推し払いキーホルダーは、どういった市場に受け入れられるのかが見えなかったため、「定番化している『まどマギ』を指標にしたかった」(小野さん)という極めて真面目な理由が明かされた。
とはいえ、とにかく中野さんも小野さんも、『魔法少女まどか☆マギカ』が好きなのである。これが本命の理由ではないかと勘ぐってしまうほどに、両名の弁には熱量が感じられた。
■なぜ「ソウルジェム」は入らなかった?
しかし『魔法少女まどか☆マギカ』を選ぶのであれば、そのストーリー的にキュゥべえやソウルジェムが商品化されていてもおかしくないはずだ。また、それでなくともマミ/杏子/さやか好きの方からすれば、メインキャラクターが揃わないことに疑問を抱くだろう。
安定の2人を起用しただけとも考えられるが、中野さんや小野さんからしても、断腸の思いで選ばれた2人のようだ。
やはり、キャラクター全員を出すべきじゃないか、という意見はあったという。けれど各キャラクターには多少なり人気のバラつきがある。そのなかで「誰かが売れ残るという事態にはしたくありませんでした。みんなを同じ数だけ生産していいのかという問題にもなるので、まずは主要キャラクターである2人からスタートしました」と小野さんは言う。
またキュゥべえはともかく、ソウルジェムは “推し払い” というコンセプトに合わないことも見送りの理由とのことだ。むしろ「どうせやるなら立体で作った方がいいと思う」(小野さん)ということで、別の話として実現の可能性はあったのかもしれない。
また中野さんも「タイトルロゴのようなシンボル化されたものは広く受けやすいかも、とは考えました。でも推し払いキーホルダーはコアファン向けの商品かと思いますので、割り切ってキャラクターにしたんです」と続ける。そして「このキャラクターがあったら欲しい、というのは心の底から分かるんです」と語る表情には、悔しさが滲んでいた、ような気がした。
なお余談だが、『魔法少女まどか☆マギカ』で好きなキャラクターを尋ねたところ、中野さんは「1人ずつの好きなところをあげるとインタビューの時間すべて使ってしまうので割愛しますが、甲乙つけがたいですね(つまり全員)」、小野さんが「選ぶのは難しいですが、2人の関係性を含めてまどかとほむらが好きです」とのことだった。
■普通に店頭で使えるのか?
この推し払いキーホルダーは、ファングッズとしてかなり高い水準にあるように思う。しかし、例えばコンビニで買い物をする際、会計時に「あ、電子マネーでお願いします」と言って推し払いキーホルダーを提示したら、「ヤバいやつが来たな」と思われておしまいになるのではという不安もある。
しかし、これについては心配ないと中野さんは太鼓判を押してくれた。「店員さんが戸惑うことはないと思います。びっくりすることはあっても。キーホルダーを見せながら楽天Edy支払いのお願いをするのではなく、口頭で楽天Edy支払いを依頼して、店員さんがレジで操作をした後に自分でリーダー/ライターにタッチする形ですので、問題はないと判断しました」と。
しかし心理的な不安はある。正直、実際に使うとなるとちょっと恥ずかしいのでは、とも思う。これは小野さんがスパッと解決してくれた。「支払いの際に恥ずかしいと思う方は、そもそもアクリルキーホルダーを買って付けてはいないのではないでしょうか」。たしかにそうだ。
小野さんは普段、スマホに推しのキャラクターのカバーをつけているそうで、「スマホ決済で店員さんに見せるときにはドキドキしながらやっていますが、それに近い使い方になるのでは」と実体験を交えた説明をしてくれたため、分かりやすくイメージできた。
そして中野さんも「僕はオタクの気質があるので、よくアキバを歩いていますが、アクリルキーホルダーや缶バッジなんかをいっぱいつけている人がいますよね。『このグループに属している』『この作品やキャラクターが好きなんだ』というアピールではないかと考えているので、お店で “推し払い” できるのはむしろメリットかなと思います」と考えを展開した。
使う側の心構えが整えば、あとはお店側の理解が進めば「あ、推し払いですね」とスムーズな会計が可能になるだろう。そこまで世に浸透するにはなかなかハードルが高そうだが、中野さんは「夢」であるとしながら、次のように語ってくれた。
「“推し払い” を文化にしたいんです。好きなキーホルダーで払うことが当たり前の世の中にしたい。20-30年前は、カードをかざすことが支払いになるとは思われていませんでしたよね。同じように、好きなキャラクターで払うことをニッチではないものにしたい。技術面やビジネス面でのハードルはありますが、超えていきたい」(中野さん)
■個人でも依頼は可能なのか?
自分の推しが、推し払いキーホルダーになれば、それだけ利用者も増えそうだ。ただ、いつ実現するかわからないこともあり、推し払いキーホルダーを魔改造すればいいのでは、という声もある。分解してFeliCaモジュールを抜き出し、それを別のアクリルキーホルダーなどに装着するようなイメージだ。これが現実的に可能なものか問うと、予想通り「推奨しない」旨の回答が得られた。
推し払いキーホルダーは、取り外しづらい機構を目指したという。なぜなら、当初はFeliCaモジュールを固定するためシールで目張りしていたそうだが、それだと剥がしたくなる人が出てきてしまうことを懸念し、もう「破壊しないと取れない」レベルに仕上げたそうだ。それも「相当うまく破壊しないと取れませんし、安全のためにも割ることは推奨していません。また何かあっても保証対象外になってしまいます」と注意された。
ほかにも、缶バッジに装着すれば金属の影響で通信が阻害されてしまうかもしれない、ぬいぐるみだと奥にもぐりこんでしまって通信距離が担保できないなどの問題がある。「しっかりと試験をクリアした商品をリリースしていくので、ご期待下さい!」とのことだ。
自分で作らずとも、公式で作ってもらえるならそれに越したことはないが、個人やサークルからの制作依頼は受け付けているのか。そしてその場合は、いわゆる二次創作物でもOKなのか。この質問には、現時点ではNOという回答が出た。
ただし、「そういう文化に親しいところにいるので、叶えたいという気持ちはあります。ただ、超えなければいけないハードルとして、数量や著作権、発売元をどうするか、など色々なことがあります」(中野さん)と、難しいところではあるが、展開次第では可能性がゼロではないこともうかがえた。
■“推し払い” の今後の展開は?
ほかにも、 “推し払い” には様々な活用シーンが考えられる。例えば、LiSAのようなアーティストの物販ブースに置くと爆売れするのではないだろうか?
実のところ、ライブ会場で推しを応援するためのグッズとして展開する、入場する際のパスポートとして使う、などの用途が最初の構想だったそうだ。それがコロナ禍のなかで様子を見ることとなり、結果として推し払いキーホルダーとして登場することになったとのこと。これはそう遠くない未来、ライブ帰りの人たちのカバンにぶら下がっている様子を見ることができるかもしれない。
さらには、VTuberやアイドルなど幅広い分野から問い合わせが入っているそうで、 “推し払い” という言葉の適応力の高さが分かる。
ネーミングした小野さんによると、最初は「キャラ●●」という方向で考えていたが、営業部隊から「アーティストや応援するチームなども入れたい」と要望が届いて練り直しとなり、「●●マネー」や「●●キー」など22個のボツ案を経て、23個めの案である推し払いキーホルダーに決定したらしい。途中には「アルファベット3文字のカッコつけたやつも考えていました」(小野さん)というから、そこで止まらず、会心の “推し払い” にたどり着いたことに脱帽したい。
とはいえ、この企画を通すには社内への啓蒙が必須であったそうで、「この分野は私たちの事業部でも未知の領域であったため、商品性や市場性について理解いただく必要がありました。そこで、部課長にコアなファンが集うアニメ映画に一緒に行ってくれないかお願いしたのですが、二人とも快諾してくれました。そういった文化を受け入れていただける会社であることがありがたかった。」(中野さん)と、技術・度量が揃ったソニーだから実現した施策であることが分かる。
まだ試験販売がスタートしたばかりではあるが、次の計画について尋ねると、「今回の結果を見ないと具体的には進めづらいですが、次に出したいというものはいくつかあります。キャラクターを増やして選択してもらえるようにして、『まどマギ』と違うターゲット層のIPでできないかと考えています」(小野さん)と、すでに考えが前に進んでいることも教えてくれた。
中野さんはTwitterの反応などもエゴサしていて、リクエストも耳に入れているそうなので、第二弾や第三弾ではさらなるブラッシュアップが実現するかもしれない。それもこれも、第一弾の売り上げにかかっている。
「“推し払い” を応援していただければ、自分の推しにたどり着くかもしれないので、引き続きよろしくお願いします」(中野さん)
「自分の推しが『まどマギ』でないから自分の推しが出るまで待つという方は、ぜひ周りの『まどマギ』好きの方にオススメしてください」(小野さん)
推し払いキーホルダー第一弾、『魔法少女まどか☆マギカ』Verは、ANIPLEX+で5月31日まで予約受付中。価格は各2,980円(税込)だ。いつか自分の推しで “推し払い” したいなら、ここで投資しておくのも悪くない。
その大胆なネーミングと、ありそうでなかったアイテムの登場は、Twitterなどで大きな話題に。試験販売のスタートと同時に、 “自分の推し” の製品化を望む声で溢れかえった。
今回は第一弾として『魔法少女まどか☆マギカ』より「鹿目まどか」「暁美ほむら」が推し払いキーホルダー化されたが、なぜこのコンテンツとキャラクターだったのか? 自分の推しで “推し払い” できる可能性はあるのか?
本商品の発案者であるソニー株式会社 FeliCa事業部 カード設計課 中野 晶さん、ネーミング発案者の同事業部 商品戦略課 小野 隆彦さんに、様々な疑問をぶつけてみた。
■なぜ今、『鬼滅の刃』ではないのか?
改めて、推し払いキーホルダーは、楽天Edyの電子マネー機能を搭載したアクリルキーホルダーだ。多層構成の製法によってFeliCaモジュールが埋め込まれており、厚さ約3mmという一般的なアクリルキーホルダーの厚みを実現。見た目に違和感なく、アクリルキーホルダーとしてカバンなどに装着することができる。
ソニーではすでに、リストバンドやキーホルダー、フィギュアなどに組み込むことができるコイン型トークン(非カード形状のFeliCaモジュール)を販売している。ただし、これらは法人向けの展開であり、今回はコンシューマー向けに完成した商品として販売するという点にまず違いがある。
このトークンも「リストバンドやキーホルダー、フィギュアなどに組み込む」と謳っている以上、推し払いキーホルダー同様の製品が開発され、市場に出回っていておかしくないのではと思うが、それには通信性能が問題になると中野さんが説明してくれた。
「FeliCaを使った電子マネーの利用には通信性能検定をパスし、リーダー/ライターとの通信距離が担保できている必要があります。これまでのトークンでは、フィギュアの奥まったところに配置されたりしてしまうと通信距離の問題で読み取りがうまくいかない可能性があるため、例えばフィギュアの底面に配置しないといけないといった制約がありました」(中野さん)
通信距離は、対象物(リーダー/ライター)と平行にした際の距離で決まる。この点でアクリルキーホルダーは、形状が変わっても厚みに大きな変化がないため、 “推し払い” するアイテムに適していた。金型などが不要で初期投資の面で生産しやすいということも、商品化の後押しとなっている。そこに思い至ったのは、中野さん自身がアクリルキーホルダーへの造詣が深いことも多分に影響しているようだ。
さて、今回は題材として『魔法少女まどか☆マギカ』が起用されている。もちろん記者もファンであり、高い人気があるのは分かるのだが、このタイミングであれば、ソニーグループのIPとして『鬼滅の刃』をピックアップし、竈門炭治郎/我妻善逸/嘴平伊之助(+竈門禰豆子)の “かまぼこ隊” で箱推し、または柱のメンバーを一挙ラインナップするのが “正解” では、などと考えてしまう。
これには当たり前だが、戦略的な理由がある。まず、今回多くのメーカーに声掛けしたが、特に興味を持ってくれたのがアニプレックスだったとのことだ。そして開発計画を進めるなか、どのIPでやるかという話に当然なるわけで、IPホルダーであるアニプレックスと開発・営業のメリットが合致する必要がある。そこで白羽の矢が立ったのが10周年を迎える『魔法少女まどか☆マギカ』だ。
「タイミングがお互いにありました。IPホルダーが望まれていない時期に商品を出すのと、望まれた時期に出すのでは全然違う。今回10週年で様々な施策があるなかで、推し払いキーホルダーを出させてもらいましたが、推し払いキーホルダーも10周年の特設サイトに載せてもらえるのでは、といった期待もあったんです」(小野さん)
そして『鬼滅の刃』については、「ものすごい量の商品が出ているIPでは、埋もれてしまうという懸念がありました」と、検討はされたものの、実現には至らなかったという。たしかに、街に鬼滅柄が溢れているなかでは、推し払いキーホルダーがここまで注目されなかった可能性はある。
その上で、「1年前でも1年後でも、時期がずれていれば『まどマギ』ではなかったかもしれない」と、アニバーサリーイヤーの『魔法少女まどか☆マギカ』こそがベストと判断された経緯が語られた。
さらに、『魔法少女まどか☆マギカ』がいまなお人気が続くコンテンツであることも大きい。チャレンジングな推し払いキーホルダーは、どういった市場に受け入れられるのかが見えなかったため、「定番化している『まどマギ』を指標にしたかった」(小野さん)という極めて真面目な理由が明かされた。
とはいえ、とにかく中野さんも小野さんも、『魔法少女まどか☆マギカ』が好きなのである。これが本命の理由ではないかと勘ぐってしまうほどに、両名の弁には熱量が感じられた。
■なぜ「ソウルジェム」は入らなかった?
しかし『魔法少女まどか☆マギカ』を選ぶのであれば、そのストーリー的にキュゥべえやソウルジェムが商品化されていてもおかしくないはずだ。また、それでなくともマミ/杏子/さやか好きの方からすれば、メインキャラクターが揃わないことに疑問を抱くだろう。
安定の2人を起用しただけとも考えられるが、中野さんや小野さんからしても、断腸の思いで選ばれた2人のようだ。
やはり、キャラクター全員を出すべきじゃないか、という意見はあったという。けれど各キャラクターには多少なり人気のバラつきがある。そのなかで「誰かが売れ残るという事態にはしたくありませんでした。みんなを同じ数だけ生産していいのかという問題にもなるので、まずは主要キャラクターである2人からスタートしました」と小野さんは言う。
またキュゥべえはともかく、ソウルジェムは “推し払い” というコンセプトに合わないことも見送りの理由とのことだ。むしろ「どうせやるなら立体で作った方がいいと思う」(小野さん)ということで、別の話として実現の可能性はあったのかもしれない。
また中野さんも「タイトルロゴのようなシンボル化されたものは広く受けやすいかも、とは考えました。でも推し払いキーホルダーはコアファン向けの商品かと思いますので、割り切ってキャラクターにしたんです」と続ける。そして「このキャラクターがあったら欲しい、というのは心の底から分かるんです」と語る表情には、悔しさが滲んでいた、ような気がした。
なお余談だが、『魔法少女まどか☆マギカ』で好きなキャラクターを尋ねたところ、中野さんは「1人ずつの好きなところをあげるとインタビューの時間すべて使ってしまうので割愛しますが、甲乙つけがたいですね(つまり全員)」、小野さんが「選ぶのは難しいですが、2人の関係性を含めてまどかとほむらが好きです」とのことだった。
■普通に店頭で使えるのか?
この推し払いキーホルダーは、ファングッズとしてかなり高い水準にあるように思う。しかし、例えばコンビニで買い物をする際、会計時に「あ、電子マネーでお願いします」と言って推し払いキーホルダーを提示したら、「ヤバいやつが来たな」と思われておしまいになるのではという不安もある。
しかし、これについては心配ないと中野さんは太鼓判を押してくれた。「店員さんが戸惑うことはないと思います。びっくりすることはあっても。キーホルダーを見せながら楽天Edy支払いのお願いをするのではなく、口頭で楽天Edy支払いを依頼して、店員さんがレジで操作をした後に自分でリーダー/ライターにタッチする形ですので、問題はないと判断しました」と。
しかし心理的な不安はある。正直、実際に使うとなるとちょっと恥ずかしいのでは、とも思う。これは小野さんがスパッと解決してくれた。「支払いの際に恥ずかしいと思う方は、そもそもアクリルキーホルダーを買って付けてはいないのではないでしょうか」。たしかにそうだ。
小野さんは普段、スマホに推しのキャラクターのカバーをつけているそうで、「スマホ決済で店員さんに見せるときにはドキドキしながらやっていますが、それに近い使い方になるのでは」と実体験を交えた説明をしてくれたため、分かりやすくイメージできた。
そして中野さんも「僕はオタクの気質があるので、よくアキバを歩いていますが、アクリルキーホルダーや缶バッジなんかをいっぱいつけている人がいますよね。『このグループに属している』『この作品やキャラクターが好きなんだ』というアピールではないかと考えているので、お店で “推し払い” できるのはむしろメリットかなと思います」と考えを展開した。
使う側の心構えが整えば、あとはお店側の理解が進めば「あ、推し払いですね」とスムーズな会計が可能になるだろう。そこまで世に浸透するにはなかなかハードルが高そうだが、中野さんは「夢」であるとしながら、次のように語ってくれた。
「“推し払い” を文化にしたいんです。好きなキーホルダーで払うことが当たり前の世の中にしたい。20-30年前は、カードをかざすことが支払いになるとは思われていませんでしたよね。同じように、好きなキャラクターで払うことをニッチではないものにしたい。技術面やビジネス面でのハードルはありますが、超えていきたい」(中野さん)
■個人でも依頼は可能なのか?
自分の推しが、推し払いキーホルダーになれば、それだけ利用者も増えそうだ。ただ、いつ実現するかわからないこともあり、推し払いキーホルダーを魔改造すればいいのでは、という声もある。分解してFeliCaモジュールを抜き出し、それを別のアクリルキーホルダーなどに装着するようなイメージだ。これが現実的に可能なものか問うと、予想通り「推奨しない」旨の回答が得られた。
推し払いキーホルダーは、取り外しづらい機構を目指したという。なぜなら、当初はFeliCaモジュールを固定するためシールで目張りしていたそうだが、それだと剥がしたくなる人が出てきてしまうことを懸念し、もう「破壊しないと取れない」レベルに仕上げたそうだ。それも「相当うまく破壊しないと取れませんし、安全のためにも割ることは推奨していません。また何かあっても保証対象外になってしまいます」と注意された。
ほかにも、缶バッジに装着すれば金属の影響で通信が阻害されてしまうかもしれない、ぬいぐるみだと奥にもぐりこんでしまって通信距離が担保できないなどの問題がある。「しっかりと試験をクリアした商品をリリースしていくので、ご期待下さい!」とのことだ。
自分で作らずとも、公式で作ってもらえるならそれに越したことはないが、個人やサークルからの制作依頼は受け付けているのか。そしてその場合は、いわゆる二次創作物でもOKなのか。この質問には、現時点ではNOという回答が出た。
ただし、「そういう文化に親しいところにいるので、叶えたいという気持ちはあります。ただ、超えなければいけないハードルとして、数量や著作権、発売元をどうするか、など色々なことがあります」(中野さん)と、難しいところではあるが、展開次第では可能性がゼロではないこともうかがえた。
■“推し払い” の今後の展開は?
ほかにも、 “推し払い” には様々な活用シーンが考えられる。例えば、LiSAのようなアーティストの物販ブースに置くと爆売れするのではないだろうか?
実のところ、ライブ会場で推しを応援するためのグッズとして展開する、入場する際のパスポートとして使う、などの用途が最初の構想だったそうだ。それがコロナ禍のなかで様子を見ることとなり、結果として推し払いキーホルダーとして登場することになったとのこと。これはそう遠くない未来、ライブ帰りの人たちのカバンにぶら下がっている様子を見ることができるかもしれない。
さらには、VTuberやアイドルなど幅広い分野から問い合わせが入っているそうで、 “推し払い” という言葉の適応力の高さが分かる。
ネーミングした小野さんによると、最初は「キャラ●●」という方向で考えていたが、営業部隊から「アーティストや応援するチームなども入れたい」と要望が届いて練り直しとなり、「●●マネー」や「●●キー」など22個のボツ案を経て、23個めの案である推し払いキーホルダーに決定したらしい。途中には「アルファベット3文字のカッコつけたやつも考えていました」(小野さん)というから、そこで止まらず、会心の “推し払い” にたどり着いたことに脱帽したい。
とはいえ、この企画を通すには社内への啓蒙が必須であったそうで、「この分野は私たちの事業部でも未知の領域であったため、商品性や市場性について理解いただく必要がありました。そこで、部課長にコアなファンが集うアニメ映画に一緒に行ってくれないかお願いしたのですが、二人とも快諾してくれました。そういった文化を受け入れていただける会社であることがありがたかった。」(中野さん)と、技術・度量が揃ったソニーだから実現した施策であることが分かる。
まだ試験販売がスタートしたばかりではあるが、次の計画について尋ねると、「今回の結果を見ないと具体的には進めづらいですが、次に出したいというものはいくつかあります。キャラクターを増やして選択してもらえるようにして、『まどマギ』と違うターゲット層のIPでできないかと考えています」(小野さん)と、すでに考えが前に進んでいることも教えてくれた。
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