公開日 2020/10/13 12:50
八木隆幸トリオのダイレクトカッティング、キング関口台スタジオの収録現場をレポート!
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■ダイレクトカッティング第2弾は、ジャズのピアノトリオを鮮度高く収録!
去る8月14日と17日、キング関口台スタジオで八木隆幸トリオによるダイレクトカッティングの収録が行われた。
ダイレクトカッティングとは、演奏の現場で収録した音を直接カッティングマシンに入れ、ラッカー盤に刻む録音手法である。
ダイレクトカッティングそのものは新しい録音手法ではない。しかし、ベルリン・フィルの他、ドイツのバンベルク交響楽団もこの取り組みをスタートしており、世界的にこの“アナクロニック”なレコーディングへの関心が高まっている。間に余計な工程を挟まない「鮮度の高さ」に加え、やはり現場の「生の空気感」をそのままパッケージングできるということも、オーディオファンにとってたまらない魅力となる。
昨年秋に、井筒香奈江がレコーディングした「Direct Cutting at KING SEKIGUCHIDAI STUDIO」は、その鮮度の高いサウンドも合わせ、オーディオファンを中心に大きな話題を呼んだ。次なるタイトルも待望されていたのだが、、ダイレクトカッティングは、現場のミュージシャンやレコーディングエンジニアにとって非常に負担の大きい録音手法であり、第2弾のリリースはなかなか決まらなかった。しかし、この度ジャズピアニスト、八木隆幸を中心とするピアノトリオが名乗りを上げ、収録が実現した。
メンバーは、ピアニストの八木隆幸をリーダーに、ベース伊藤勇司、ドラムス二本松義史というジャズトリオ。八木隆幸は大隅寿男などとも組んだことのある実力派ピアニストで、すでに何枚かアルバムをリリースしている気心のしれたメンバーだ。
アルバムタイトルは『CONGO BLUE』。東京・御茶ノ水にあるディスクユニオンJazzTOKYOのオープン10周年を記念して、JazzTOKYOレーベルからの発売となる。45回転2枚組という豪華仕様だ。
■名盤の生まれる瞬間。緊張感溢れる収録現場を目撃!
カッティングエンジニアは井筒香奈江のタイトルも手掛けた、キング関口台スタジオの上田佳子が担当、レコーディングエンジニアはベテランの吉越晋治が担当している。今作には音量のレンジの広いドラムスが入り、カッティングにはより慎重さが求められた。
このアルバムでは、片面2曲、2枚組で合計8曲が収録される。片面の演奏時間は11分程度。「曲間ではカッティング時に溝の幅を調整することで、2曲目はここから、というのが目視で確認できるようになっています」(上田)という。
取材に赴いた初日では、アグレッシブで疾走感のある「AON」「CHILL OUT」と、しっとりとしたバラード調の「IN YOUR OWN SWEET WAY」「DREAMER DREAMER」の4曲が収録された。ダイレクトカッティングのため、1曲目終了後の休憩はなしで、タイミングを見計ってそのまま2曲目に突入する。
リーダー八木隆幸は、「同じ一発録音でも、2曲続けて収録するというのはなかなか大変です」と苦労を語る。1曲目がOKでも、もう片方で失敗したらOKテイクとしては使用できない。その緊張感は、ジャズメンとして経験豊富な八木にとっても新鮮なものとなったようだ。
特にA面は、ダイナミックで手数の多い楽曲が連続する。体力的、集中力的にも厳しい現場だが、3名はまったく疲れた様子も見せず、まさに「疾走」するかのようにA面を軽やかに走りきる。もう一方のB面はバラード調だが、A面同様に張り詰めたテンションはそのままに、抑制された深い表現を紡ぎ出す。
井筒香奈江のタイトル同様、今回もスタジオの要請により3枚のOKテイクを作成。この中から一番良かったものが第1マスターとなり、東洋化成でレコード盤としてプレスされる。製造過程での万が一の破損に備えて予備マスターも制作しているが、実際には第1マスターがそのまま音源としてリリースされることがほとんどだ。
ちなみに、今回もPyramixでのDSD11.2MHzの音源も同時録音している。こちらはCD用のマスターとして使われる予定だという。
1日目の収録を終えて、プロデューサーの生島 昇も、「これは名盤間違いなしです!」と太鼓判を押す。ジャズならではの熱気とグルーヴが、いまにもはちきれんばかりの凝縮度を以ってパッケージングされている。
■録りたての音源を先行試聴!熱いジャズのパッションがほとばしる
録りたての音源を、先行してCD-Rで聴いてみたが、全編を通して伝わるのはとにかくジャズの熱いパッションである。アグレッシブな曲からバラード、スタンダードからオリジナルまで幅広い楽曲構成だが、「一発録り」だからこそなのか、人間のうちにたぎるパッションを、あらんかぎり伝えんとする、その情熱の力に翻弄される。
直接会う八木はどちらかというとクールな印象なのだが、歌うように、時に吼えるように叩きつけるピアノからは、秘めた情熱の炎が燃え盛るのを感じられる。それはこの鮮度の高さゆえにこそ、身体全体でダイレクトに受け止めるサウンドとして結実している。
ベースの「太さ」も今作の聴きどころだ。音楽を下方で推進しながらも決して重くなりすぎることなく、着実な刻みと遊び心を感じさせる。レコードではさらに密度の濃いベースラインが味わえるのではないかと楽しみになってくる。
一番の聴きどころは、2枚目D面1曲目の「JAZZ TOKYO BLUES」、これはJazzTOKYOの10周年を記念して八木が新たに書き下ろした楽曲だ。世界初レコーディングがダイレクトカッティングという運命的な楽曲となったが、八木のピアノは華やかに自在に鍵盤を跳ね回る。ジャズの基本へのリスペクトをキープしつつも、自分たちが「どう気持ちよく遊ぶか」という、根源的な音楽への渇望が感じられる。
ダイレクトカッティングという手法には、まだまだ可能性があることを感じさせてくれるアルバムに仕上がっている。オーディオイベントが開催されたら、多くのブースで再生されたことであろうが、残念ながら今年は叶わない。しかし、この鮮度感あるサウンドは、自宅システムのオーディオチェック用としても価値のある1枚となるだろう。