HOME > ニュース > AV&ホームシアターニュース
公開日 2007/01/26 11:04
パナソニックハリウッド研究所 訪問記<中編> − 380インチでも原画と区別できないMPEG-4 AVCの実力
<前回より続く>パナソニックハリウッド研究所は、映画会社が集積するハリウッドの一角に位置する、パナソニックのBDビデオソフトオーサリングやBlu-ray Disc企画戦略の拠点となる施設だ。パナソニックハリウッド研究所所長の露崎英介氏を始めとするメンバーの解説のもと、施設内をくまなく見ることができた。
パナソニックハリウッド研究所で実施しているBDビデオソフトのオーサリングは、元の映画会社から渡されたオリジナルソースを受け取るところから、データをディスク製造ラインに受け渡すまでの全工程に渡って行われる。
映画作品がBDビデオソフトとしてプレスされるまでの流れを簡単に説明しておこう。デジタル撮影されたものを除けば、映画会社で撮影した作品のオリジナルソースは35mmフィルムである。このフィルムからテレシネと呼ばれるデジタルへの取り込み処理が行われ、その後エンコーダーを通して映像の圧縮が行われる。同時に音声制作や、メニューや特典などを制作するオーサリングが行われ、ディスクの元となるコンテンツが完成する。
●独自のMPEG4-AVCエンコーダーによって原画に忠実なエンコードを実現
BDビデオソフト制作の工程のなかでも、パナソニックハリウッド研究所の持つノウハウが最も活かされているのがMPEG4-AVCフォーマットのエンコード工程だ。
映像のエンコードは、ソニーのBVMマスターモニターを2台、パナソニックの65型プラズマテレビ“VIERA”2台、パナソニックのDLPプロジェクタDW7000と150型スクリーンが用意されたコンプレッションルームで行われる。ここで主に活躍しているのが同社のVIERAだ。ほかの研究所員が「あの人の画質に対するこだわりはクレイジー」と形容する、研究所 所次長の柏木吉一郎氏は「マスターモニターは、『マスモニではこう見えている』という確認程度に使われているだけで、実際の画質確認にはプラズマを使用している。映画会社のディレクターや画質をチェックする責任者もプラズマテレビを使用して画質を確認している」と説明する。
パナソニックハリウッド研究所で使用されているエンコーダーはパナソニック独自開発のもので、圧縮する際の映像ビットレートは半自動で割り振られる。その上で実際にエンコードされた映像を確認しながら、必要な部分にビットレートを上げる処理や、様々なパラメーターをフレーム単位で調整していく。
「このような最適化処理により、平均約16Mbps程度で原画とほぼ同じ映像を再現できる。シーンによって難しい場合には、画の精細感などのバランスポイントがどこか、原画のシャープ感や精細感を残しながらやっていく必要がある」(柏木氏)。
このエンコードの工程にも、MPEG4-AVCのエンコーダーを自社で開発を行い、長年映画のオーサリングに取り組んできた同社の強みが活きている。
●380インチの画面で確認するMPEG4 AVCの画質
パナソニックハリウッド研究所でエンコードした映像の最終的な画質チェックは、クリスティの2Kシネマプロジェクターを使って、映画館さながらの380型巨大スクリーンで行われる。
ここで使用している2Kシネマプロジェクターは、日本でもデジタル上映を行うシネコンなどで導入されている機材で、デジタル上映で使われているほぼ唯一のプロジェクターである。
試写室の作りは座席も用意されて映画館に近いが、あくまでも画質の確認が主目的となっているため、スクリーンは目の高さに合わせて設置されている。再生機器には同社製BDプレーヤーが用いられ、HD映像の画素がくっきり見えるほどの厳しい環境で、映画会社が実際にチェックを行える環境が調えられているのである。
この試写室では、オリジナルソースとBDビデオソフト向けにMPEG4-AVCで圧縮した映像を真ん中で区切ったデモ映像も確認したが、380インチスクリーンに投映された映像を間近から観察しても、ほぼ違いが分からないほどのクオリティが維持されている。柏木氏の「MPEG4 AVCで記録したBDビデオソフトを家庭で見ている場合は、テレシネされたオリジナルソースをそのまま見ていると言ってよい」という言葉はあながち大げさではない。
●フイルムグレインに込められた思い
前回、パナソニックハリウッド研究所における画質の基本コンセプトが「原画の忠実再現」にあることを説明したが、この考えはBDビデオソフト制作の際にも遺憾なく発揮される。特に映画の映像を忠実に再現する際に重要になってくるのが、映画特有のフイルムグレインが乗った、ザラザラした質感の映像の表現だ。
パナソニックハリウッド研究所がオーサリングした『X-MEN:ファイナルディシジョン 』は、特に視聴者から評価の分かれたタイトルだという。これは、『X-MEN:ファイナルディシジョン 』が盛大にフイルムグレイの乗った映像作りとなっているためで、「映画館で作品を見た人からは、映画館と同じかそれ以上にキレイという評価を受けている。一方、映画館で見ていない人からは画質の評価が低かった」(柏木氏)。
実際にオーサリングを行う段階でも、20世紀FOXから「ものすごいグレインで一般の人から抵抗があるのではないか。もっとフイルムグレインを落として制作してほしい」と依頼を受けたという。このリクエストに対してパナソニックハリウッド研究所は、原画を忠実に再現したバージョンと、フイルムグレインを落としたバージョンと2パターンを用意し、FOXの担当者に提示した。
完成した映像をFOXに見てもらったところ、「フイルムグレインを抑えた映像の方が安心して見られる」という意見が出されたという。しかし、そこでも柏木氏は「フイルムグレインの乗った映像の方が私は好きだ」と譲らなかった。もちろん最終的な決定権は映画会社にあるのだが、発注元である映画会社に信念を持って自分の意見を伝えた柏木氏の行動からも、同氏の並々ならぬ画質へのこだわりが見て取れる。なお、最終的に、映画監督にフイルムグレインを乗せたものを見せて判断を仰いだところ、その映像が一目で気に入り、一発OKを貰えたのだという。「同じ次世代コーデックでもVC-1はこういった映像では破綻するためフィルターで落としてしまう。このようなフイルムグレインを残したエンコードができるのがMPEG4-AVC High Profileの強みだ」(柏木氏)。
このほかにも、映画会社が行うテレシネのマスター品質に問題があったタイトルには、パナソニックハリウッド研究所からのリクエストでテレシネのやり直しを依頼し、高画質のマスターを作り直してもらったこともあうという。これも、通常のオーサリングスタジオではまず考えられないことで、同研究所のハリウッドとの密接なつながりがここでも理解できよう。
このように徹底的にこだわった制作体制のため、エンコードの期間は映画1作品あたり3週間程度、一ヶ月に制作できる本数も4本程度とのことだが、今後発売されるBDビデオソフトについても、このこだわりで高画質路線を追求し続けてもらいたいものだ。
●BD-JAVAを使ったオーサリングの可能性を模索
パナソニックハリウッド研究所では、メニューや特典映像などのオーサリング技術に対する研究も行われている。BDビデオソフトでは、BD-JAVAを使ったインタラクティブ機能を使うことができる。そこでオーサリング技術も含めた研究開発を行っているのが、同研究所 オーサリング技術マネージャーの森美裕氏だ。ここでも、実際にどのようなメニューを制作するか議論する際に、ハリウッドの映画会社のすぐ近くにあるという立地が活かされている。森氏は、「JAVAを使ってどのような使い方が可能となるかについて1年以上前からスタジオと意見を交わしている」と説明する。
デモとして使用した『リーグ・オブ・レジェンド』では、キーワードを使ったシーンのサーチや、ユーザーがプレイリストのようにシーンをサーチして再生する使い方も可能としている。「例えばプレイリスト機能は、ディレクターが選んだシーンなど、あとからプレイリストをネットワーク配信するような使い方も考えられる。そういった使い方を提案していくのが、今後のステップとなる」(森氏)。
このほか『リーグ・オブ・レジェンド』のガンシューティングゲームや、「スピード」の爆弾探しなど、本編映像を使ったミニゲームも制作されている。こういったコンテンツも含めた同作品のオーサリングは、自社開発のソフトを使って、6ヶ月程度の制作期間をかけて行ったのだという。
BDビデオソフトのオーサリングは、DVDの制作で実施されてきた、各国現地法人による現地版の制作から、ハリウッドで全世界向けのオーサリングを一手に行うという流れに向かっているため、基本的にこれらの特典は、国内版ソフトでも楽しむことができる。
●次回はBDメディア製造ラインを取材
今回取り上げたパナソニックハリウッド研究所の取り組みは、BDビデオソフトのオーサリングを行うポストプロダクションという位置づけとして理解されるものだ。しかし、実際に制作を行っている現場では随所にハリウッド映画会社や監督との直接的なやり取りが行われており、単なるタイトル制作だけでなくBlu-ray Discフォーマットの実力を出し切るだけの研究開発も同時に行われている。そして、その研究成果を映画会社にフィードバックし、新たなサービスや機能が付加されていく。このようなフローを作り上げたのは、パナソニックハリウッド研究所の功績として語られるべきものだ。
次回は訪問記の最終回として、パナソニックがハリウッド近郊に設けた、BDメディアの試作ラインをレポートする。
(折原一也)
パナソニックハリウッド研究所で実施しているBDビデオソフトのオーサリングは、元の映画会社から渡されたオリジナルソースを受け取るところから、データをディスク製造ラインに受け渡すまでの全工程に渡って行われる。
映画作品がBDビデオソフトとしてプレスされるまでの流れを簡単に説明しておこう。デジタル撮影されたものを除けば、映画会社で撮影した作品のオリジナルソースは35mmフィルムである。このフィルムからテレシネと呼ばれるデジタルへの取り込み処理が行われ、その後エンコーダーを通して映像の圧縮が行われる。同時に音声制作や、メニューや特典などを制作するオーサリングが行われ、ディスクの元となるコンテンツが完成する。
●独自のMPEG4-AVCエンコーダーによって原画に忠実なエンコードを実現
BDビデオソフト制作の工程のなかでも、パナソニックハリウッド研究所の持つノウハウが最も活かされているのがMPEG4-AVCフォーマットのエンコード工程だ。
映像のエンコードは、ソニーのBVMマスターモニターを2台、パナソニックの65型プラズマテレビ“VIERA”2台、パナソニックのDLPプロジェクタDW7000と150型スクリーンが用意されたコンプレッションルームで行われる。ここで主に活躍しているのが同社のVIERAだ。ほかの研究所員が「あの人の画質に対するこだわりはクレイジー」と形容する、研究所 所次長の柏木吉一郎氏は「マスターモニターは、『マスモニではこう見えている』という確認程度に使われているだけで、実際の画質確認にはプラズマを使用している。映画会社のディレクターや画質をチェックする責任者もプラズマテレビを使用して画質を確認している」と説明する。
パナソニックハリウッド研究所で使用されているエンコーダーはパナソニック独自開発のもので、圧縮する際の映像ビットレートは半自動で割り振られる。その上で実際にエンコードされた映像を確認しながら、必要な部分にビットレートを上げる処理や、様々なパラメーターをフレーム単位で調整していく。
「このような最適化処理により、平均約16Mbps程度で原画とほぼ同じ映像を再現できる。シーンによって難しい場合には、画の精細感などのバランスポイントがどこか、原画のシャープ感や精細感を残しながらやっていく必要がある」(柏木氏)。
このエンコードの工程にも、MPEG4-AVCのエンコーダーを自社で開発を行い、長年映画のオーサリングに取り組んできた同社の強みが活きている。
●380インチの画面で確認するMPEG4 AVCの画質
パナソニックハリウッド研究所でエンコードした映像の最終的な画質チェックは、クリスティの2Kシネマプロジェクターを使って、映画館さながらの380型巨大スクリーンで行われる。
ここで使用している2Kシネマプロジェクターは、日本でもデジタル上映を行うシネコンなどで導入されている機材で、デジタル上映で使われているほぼ唯一のプロジェクターである。
試写室の作りは座席も用意されて映画館に近いが、あくまでも画質の確認が主目的となっているため、スクリーンは目の高さに合わせて設置されている。再生機器には同社製BDプレーヤーが用いられ、HD映像の画素がくっきり見えるほどの厳しい環境で、映画会社が実際にチェックを行える環境が調えられているのである。
この試写室では、オリジナルソースとBDビデオソフト向けにMPEG4-AVCで圧縮した映像を真ん中で区切ったデモ映像も確認したが、380インチスクリーンに投映された映像を間近から観察しても、ほぼ違いが分からないほどのクオリティが維持されている。柏木氏の「MPEG4 AVCで記録したBDビデオソフトを家庭で見ている場合は、テレシネされたオリジナルソースをそのまま見ていると言ってよい」という言葉はあながち大げさではない。
●フイルムグレインに込められた思い
前回、パナソニックハリウッド研究所における画質の基本コンセプトが「原画の忠実再現」にあることを説明したが、この考えはBDビデオソフト制作の際にも遺憾なく発揮される。特に映画の映像を忠実に再現する際に重要になってくるのが、映画特有のフイルムグレインが乗った、ザラザラした質感の映像の表現だ。
パナソニックハリウッド研究所がオーサリングした『X-MEN:ファイナルディシジョン 』は、特に視聴者から評価の分かれたタイトルだという。これは、『X-MEN:ファイナルディシジョン 』が盛大にフイルムグレイの乗った映像作りとなっているためで、「映画館で作品を見た人からは、映画館と同じかそれ以上にキレイという評価を受けている。一方、映画館で見ていない人からは画質の評価が低かった」(柏木氏)。
実際にオーサリングを行う段階でも、20世紀FOXから「ものすごいグレインで一般の人から抵抗があるのではないか。もっとフイルムグレインを落として制作してほしい」と依頼を受けたという。このリクエストに対してパナソニックハリウッド研究所は、原画を忠実に再現したバージョンと、フイルムグレインを落としたバージョンと2パターンを用意し、FOXの担当者に提示した。
完成した映像をFOXに見てもらったところ、「フイルムグレインを抑えた映像の方が安心して見られる」という意見が出されたという。しかし、そこでも柏木氏は「フイルムグレインの乗った映像の方が私は好きだ」と譲らなかった。もちろん最終的な決定権は映画会社にあるのだが、発注元である映画会社に信念を持って自分の意見を伝えた柏木氏の行動からも、同氏の並々ならぬ画質へのこだわりが見て取れる。なお、最終的に、映画監督にフイルムグレインを乗せたものを見せて判断を仰いだところ、その映像が一目で気に入り、一発OKを貰えたのだという。「同じ次世代コーデックでもVC-1はこういった映像では破綻するためフィルターで落としてしまう。このようなフイルムグレインを残したエンコードができるのがMPEG4-AVC High Profileの強みだ」(柏木氏)。
このほかにも、映画会社が行うテレシネのマスター品質に問題があったタイトルには、パナソニックハリウッド研究所からのリクエストでテレシネのやり直しを依頼し、高画質のマスターを作り直してもらったこともあうという。これも、通常のオーサリングスタジオではまず考えられないことで、同研究所のハリウッドとの密接なつながりがここでも理解できよう。
このように徹底的にこだわった制作体制のため、エンコードの期間は映画1作品あたり3週間程度、一ヶ月に制作できる本数も4本程度とのことだが、今後発売されるBDビデオソフトについても、このこだわりで高画質路線を追求し続けてもらいたいものだ。
●BD-JAVAを使ったオーサリングの可能性を模索
パナソニックハリウッド研究所では、メニューや特典映像などのオーサリング技術に対する研究も行われている。BDビデオソフトでは、BD-JAVAを使ったインタラクティブ機能を使うことができる。そこでオーサリング技術も含めた研究開発を行っているのが、同研究所 オーサリング技術マネージャーの森美裕氏だ。ここでも、実際にどのようなメニューを制作するか議論する際に、ハリウッドの映画会社のすぐ近くにあるという立地が活かされている。森氏は、「JAVAを使ってどのような使い方が可能となるかについて1年以上前からスタジオと意見を交わしている」と説明する。
デモとして使用した『リーグ・オブ・レジェンド』では、キーワードを使ったシーンのサーチや、ユーザーがプレイリストのようにシーンをサーチして再生する使い方も可能としている。「例えばプレイリスト機能は、ディレクターが選んだシーンなど、あとからプレイリストをネットワーク配信するような使い方も考えられる。そういった使い方を提案していくのが、今後のステップとなる」(森氏)。
このほか『リーグ・オブ・レジェンド』のガンシューティングゲームや、「スピード」の爆弾探しなど、本編映像を使ったミニゲームも制作されている。こういったコンテンツも含めた同作品のオーサリングは、自社開発のソフトを使って、6ヶ月程度の制作期間をかけて行ったのだという。
BDビデオソフトのオーサリングは、DVDの制作で実施されてきた、各国現地法人による現地版の制作から、ハリウッドで全世界向けのオーサリングを一手に行うという流れに向かっているため、基本的にこれらの特典は、国内版ソフトでも楽しむことができる。
●次回はBDメディア製造ラインを取材
今回取り上げたパナソニックハリウッド研究所の取り組みは、BDビデオソフトのオーサリングを行うポストプロダクションという位置づけとして理解されるものだ。しかし、実際に制作を行っている現場では随所にハリウッド映画会社や監督との直接的なやり取りが行われており、単なるタイトル制作だけでなくBlu-ray Discフォーマットの実力を出し切るだけの研究開発も同時に行われている。そして、その研究成果を映画会社にフィードバックし、新たなサービスや機能が付加されていく。このようなフローを作り上げたのは、パナソニックハリウッド研究所の功績として語られるべきものだ。
次回は訪問記の最終回として、パナソニックがハリウッド近郊に設けた、BDメディアの試作ラインをレポートする。
(折原一也)