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先日5月30日、富士通の携帯電話事業を引き継いだ国内スマートフォンメーカー、FCNTが民事再生法を申請し、事実上経営破綻した。同社を含む3社の負債総額は、1,431億600万円に上るとされており、携帯電話業界のみならず国内企業としても大規模な経営破綻となっただけに、その驚きは大きかった。
FCNTは、NTTドコモからシニア向けの「らくらくスマートフォン」を販売するなどスマートフォンの定番シリーズを持ち、最近では低価格のローエンドスマートフォン「arrows We」が携帯大手3社から販売されヒットするなど、国内では安定して一定の人気と市場シェアを獲得していた。それにもかかわらず経営破綻に至ったのだから、やはり驚きを隠せない。
とはいえ、その予兆がなかったわけではない。同じ5月には国内スマートフォンメーカーの撤退が相次いでおり、5月12日には新規参入して間もないバルミューダが撤退を表明。そして5月16日には、やはり老舗で高耐久スマートフォン「TORQUE」など定番シリーズを持つ京セラが、個人向けスマートフォン事業の終息を発表しており、FCNTの民事再生法申請の前からすでに2社が、コンシューマー向けスマートフォン市場からの撤退を表明していたのだ。
そしてFCNTは、富士通の端末事業を引き継いだとはいえ、すでに富士通との資本関係はなく独立したメーカーである上、スマートフォン以外に大きな事業を持たないことから、主要メーカーの中ではある意味最も脆弱な立場だった。それゆえ、他社のように事業撤退という選択肢を取ることができず、経営破綻するしか道がなかったといえるだろう。
しかしなぜ、ここまでの事態に陥ってしまったのか。その直接的な原因は1つに、コロナ禍に発生した深刻な半導体不足を機とした半導体の価格高騰、そしてもう1つに、2022年半ばから急速に進んだ円安が挙げられる。
これら2つが短期間のうちに、しかも同時に起きたことで、国内メーカーからして見ればスマートフォン開発に必要な半導体などの調達価格が急上昇してしまっていた。加えて、スマートフォンは製造を海外で担うことが多いことから、円安で国内での端末販売価格が高騰。販売も大きく落ち込み、事業環境が大幅に悪化したことで、耐えられなくなった国内メーカーが相次いで撤退・破綻に至ったのだろう。
だが、国内メーカーを苦しめている要因はそれだけにとどまらない。1つはスマートフォンの普及が進み、進化も停滞したことによる買い替えサイクルの低下であり、これは日本のみならず最近では新興国にも広がっている世界的なトレンドでもある。
一方で、日本特有の要因として挙げられるのが、政府によるスマートフォンの値引き規制だ。2019年の電気通信事業法改正で、通信契約とスマートフォンをセットで提供し、スマートフォンの価格を大幅に値引く手法が禁止され、通信契約に紐づいた値引きも上限2万円にまで制限されている。
その影響が直撃したのが、値段が高くメーカーにとって利益も大きいハイエンドモデルである。従来日本では、通信サービスとのセットによる端末の大幅値引きでハイエンド端末への積極的な買い替えが促され、それがメーカーに利益をもたらすと共に、新しい通信方式の普及と、全国くまなく高速通信を利用できるインフラの整備につながるという好循環を生み出していた。
だが総務省は、スマートフォンの大幅値引きが一部の消費者にしかメリットをもたらさず、公正競争を阻害する “悪いこと” であるとして、多くの消費者がまんべんなく恩恵を受けられる通信料金の値引きを強く要求。その結果が、先の電気通信事業法改正、そして菅義偉前政権下で進められた携帯電話料金引き下げ要請へとつながっているのだが、政府による一連の施策によって現状、日本のモバイル通信産業は完全に負のスパイラルに陥ってしまっている。
実際、5Gの商用サービスが始まった2020年以降、スマートフォン値引き規制に加え、円安での価格高騰が大きく影響し、消費者は安さを強く求めるようになり、売れ筋のスマートフォンはミドルクラスやローエンドに移行。加えて政府が、中古スマートフォンの販売を促進したこともあり、最新の5G端末への買い替えが思うように進まなくなっている。
利益が少ない低価格モデルや、中古端末の販売ばかりが伸びてしまうと、苦しむのは端末メーカーである。無論、一連の値引き規制の影響は、日本市場に参入している全てのメーカーに影響するものなのだが、とりわけ世界シェアが小さく国内市場への依存度が高い国内メーカーが最も大きな影響を受けることは明白で、それが一連の撤退・破綻ドミノにつながる基盤となったのは確かだろう。
そして、5Gスマートフォンの普及が進まないことから、携帯各社の5Gネットワーク整備に対するモチベーションも向上しない。しかも、政府の通信料金引き下げ要請により、大手3社は軒並み年間で1,000億円前後の利益が吹き飛んでいることから、各社とも5Gの高速ネットワークを全国に広く整備することには消極的で、トラフィックが大きな都市部に絞り、ユーザーに影響が出ない範囲での整備にとどめているのが実状だ。
それゆえ、通信トラフィックが想定を上回ってしまうと、途端に問題が出てきてしまう。ここ最近NTTドコモが、都市部で「つながりにくい」と言われる事象はその際たるものといえ、端末値引き規制が通信品質の低下というかたちで、消費者にも影響を与えつつあるのだ。
「日本市場はどうせアップルが圧倒的なシェアを持っているのだから、日本のメーカーがなくなっても問題ないのでは?」と、考える人も中にはいるかもしれない。だがもしそうなったとすれば、ユーザーは海外メーカーの “言いなり” にならざるを得なくなることを覚悟しなければならないだろう。
例えば、日本でニーズが高いとされる防水・FeliCaといったいわゆる「日本仕様」や、日本でフル活用されているが世界的にあまり使われていない周波数帯、例えばNTTドコモが使用している5Gの4.5GHz帯(バンドn79)への対応、さらに細かなところで言えば、多くの人が利用しているフリック入力や、いわゆる “中華フォント” ではない日本語が読みやすいフォントの採用などは、日本のユーザーにとって非常に重要なものだ。
だが海外のメーカーからしてみれば、それらに対応するためのローカライズは単なるコスト要因に過ぎず、ビジネス効率化のためにもできれば対応したくないもの。それゆえ、日本市場に向けた細やかな対応をしてきた日本メーカーがなくなってしまえば、ローカライズが競争軸から外れ、海外メーカーもローカライズを最小限にとどめてしまう、あるいは、「ローカライズしているから値段が高い」端末が増える可能性も高まってくるだろう。
さらに昨今の米中摩擦や、それを機に注目されるようになった経済安全保障などを考慮するならば、日本にメーカーが多く存在する方が国としてメリットに働くはずだ。にもかかわらず、端末値引き規制によって日本のメーカーを日本の政府が見放そうとしている現状には、やはり疑問を抱かざるを得ない。
政府としては通信業界に対し、日本ではなく海外で稼いで欲しいと考えていると見られ、基地局のインターフェースをオープン化して特定ベンダーへの依存を減らす「オープンRAN」の推進や、NTTグループが主導する「IOWN」への注力などがその傾向を示している。ただ、それらの動向を追っていると、真に世界的に普及するかどうか現時点ではまだ見通せない状況であるし、仮に普及が進んで日本企業に利益をもたらすとしても、それまでにかなりの時間を要するというのが筆者の見立てである。
さらにスマートフォンに関して言うならば、ここまで規模と安さがモノをいう競争環境となってしまった現状、国内メーカーが海外で競争力を高めること自体非常に困難で、再び勝負するには次のゲームチェンジを待つ必要がある。それまで日本企業は、海外に容易に出ていくことはできないだけに、国内での下支えが非常に重要となっているのだ。
国内メーカーの撤退ドミノがこれ以上拡大して、“手遅れ” という事態を招かないためにも、円安などの影響を緩和して、日本のモバイル通信産業の好循環を取り戻す必要がある。そのためにも、セット販売の容認や値引き規制の大幅な緩和など、思い切った政策的措置が必要な時期に来ているのではないだろうか。
■新機種発表から3ヶ月足らずの経営破綻
FCNTは、NTTドコモからシニア向けの「らくらくスマートフォン」を販売するなどスマートフォンの定番シリーズを持ち、最近では低価格のローエンドスマートフォン「arrows We」が携帯大手3社から販売されヒットするなど、国内では安定して一定の人気と市場シェアを獲得していた。それにもかかわらず経営破綻に至ったのだから、やはり驚きを隠せない。
とはいえ、その予兆がなかったわけではない。同じ5月には国内スマートフォンメーカーの撤退が相次いでおり、5月12日には新規参入して間もないバルミューダが撤退を表明。そして5月16日には、やはり老舗で高耐久スマートフォン「TORQUE」など定番シリーズを持つ京セラが、個人向けスマートフォン事業の終息を発表しており、FCNTの民事再生法申請の前からすでに2社が、コンシューマー向けスマートフォン市場からの撤退を表明していたのだ。
そしてFCNTは、富士通の端末事業を引き継いだとはいえ、すでに富士通との資本関係はなく独立したメーカーである上、スマートフォン以外に大きな事業を持たないことから、主要メーカーの中ではある意味最も脆弱な立場だった。それゆえ、他社のように事業撤退という選択肢を取ることができず、経営破綻するしか道がなかったといえるだろう。
■国内メーカーの撤退・破綻を招いた背景
しかしなぜ、ここまでの事態に陥ってしまったのか。その直接的な原因は1つに、コロナ禍に発生した深刻な半導体不足を機とした半導体の価格高騰、そしてもう1つに、2022年半ばから急速に進んだ円安が挙げられる。
これら2つが短期間のうちに、しかも同時に起きたことで、国内メーカーからして見ればスマートフォン開発に必要な半導体などの調達価格が急上昇してしまっていた。加えて、スマートフォンは製造を海外で担うことが多いことから、円安で国内での端末販売価格が高騰。販売も大きく落ち込み、事業環境が大幅に悪化したことで、耐えられなくなった国内メーカーが相次いで撤退・破綻に至ったのだろう。
だが、国内メーカーを苦しめている要因はそれだけにとどまらない。1つはスマートフォンの普及が進み、進化も停滞したことによる買い替えサイクルの低下であり、これは日本のみならず最近では新興国にも広がっている世界的なトレンドでもある。
一方で、日本特有の要因として挙げられるのが、政府によるスマートフォンの値引き規制だ。2019年の電気通信事業法改正で、通信契約とスマートフォンをセットで提供し、スマートフォンの価格を大幅に値引く手法が禁止され、通信契約に紐づいた値引きも上限2万円にまで制限されている。
その影響が直撃したのが、値段が高くメーカーにとって利益も大きいハイエンドモデルである。従来日本では、通信サービスとのセットによる端末の大幅値引きでハイエンド端末への積極的な買い替えが促され、それがメーカーに利益をもたらすと共に、新しい通信方式の普及と、全国くまなく高速通信を利用できるインフラの整備につながるという好循環を生み出していた。
だが総務省は、スマートフォンの大幅値引きが一部の消費者にしかメリットをもたらさず、公正競争を阻害する “悪いこと” であるとして、多くの消費者がまんべんなく恩恵を受けられる通信料金の値引きを強く要求。その結果が、先の電気通信事業法改正、そして菅義偉前政権下で進められた携帯電話料金引き下げ要請へとつながっているのだが、政府による一連の施策によって現状、日本のモバイル通信産業は完全に負のスパイラルに陥ってしまっている。
実際、5Gの商用サービスが始まった2020年以降、スマートフォン値引き規制に加え、円安での価格高騰が大きく影響し、消費者は安さを強く求めるようになり、売れ筋のスマートフォンはミドルクラスやローエンドに移行。加えて政府が、中古スマートフォンの販売を促進したこともあり、最新の5G端末への買い替えが思うように進まなくなっている。
利益が少ない低価格モデルや、中古端末の販売ばかりが伸びてしまうと、苦しむのは端末メーカーである。無論、一連の値引き規制の影響は、日本市場に参入している全てのメーカーに影響するものなのだが、とりわけ世界シェアが小さく国内市場への依存度が高い国内メーカーが最も大きな影響を受けることは明白で、それが一連の撤退・破綻ドミノにつながる基盤となったのは確かだろう。
そして、5Gスマートフォンの普及が進まないことから、携帯各社の5Gネットワーク整備に対するモチベーションも向上しない。しかも、政府の通信料金引き下げ要請により、大手3社は軒並み年間で1,000億円前後の利益が吹き飛んでいることから、各社とも5Gの高速ネットワークを全国に広く整備することには消極的で、トラフィックが大きな都市部に絞り、ユーザーに影響が出ない範囲での整備にとどめているのが実状だ。
それゆえ、通信トラフィックが想定を上回ってしまうと、途端に問題が出てきてしまう。ここ最近NTTドコモが、都市部で「つながりにくい」と言われる事象はその際たるものといえ、端末値引き規制が通信品質の低下というかたちで、消費者にも影響を与えつつあるのだ。
「日本市場はどうせアップルが圧倒的なシェアを持っているのだから、日本のメーカーがなくなっても問題ないのでは?」と、考える人も中にはいるかもしれない。だがもしそうなったとすれば、ユーザーは海外メーカーの “言いなり” にならざるを得なくなることを覚悟しなければならないだろう。
例えば、日本でニーズが高いとされる防水・FeliCaといったいわゆる「日本仕様」や、日本でフル活用されているが世界的にあまり使われていない周波数帯、例えばNTTドコモが使用している5Gの4.5GHz帯(バンドn79)への対応、さらに細かなところで言えば、多くの人が利用しているフリック入力や、いわゆる “中華フォント” ではない日本語が読みやすいフォントの採用などは、日本のユーザーにとって非常に重要なものだ。
だが海外のメーカーからしてみれば、それらに対応するためのローカライズは単なるコスト要因に過ぎず、ビジネス効率化のためにもできれば対応したくないもの。それゆえ、日本市場に向けた細やかな対応をしてきた日本メーカーがなくなってしまえば、ローカライズが競争軸から外れ、海外メーカーもローカライズを最小限にとどめてしまう、あるいは、「ローカライズしているから値段が高い」端末が増える可能性も高まってくるだろう。
さらに昨今の米中摩擦や、それを機に注目されるようになった経済安全保障などを考慮するならば、日本にメーカーが多く存在する方が国としてメリットに働くはずだ。にもかかわらず、端末値引き規制によって日本のメーカーを日本の政府が見放そうとしている現状には、やはり疑問を抱かざるを得ない。
政府としては通信業界に対し、日本ではなく海外で稼いで欲しいと考えていると見られ、基地局のインターフェースをオープン化して特定ベンダーへの依存を減らす「オープンRAN」の推進や、NTTグループが主導する「IOWN」への注力などがその傾向を示している。ただ、それらの動向を追っていると、真に世界的に普及するかどうか現時点ではまだ見通せない状況であるし、仮に普及が進んで日本企業に利益をもたらすとしても、それまでにかなりの時間を要するというのが筆者の見立てである。
さらにスマートフォンに関して言うならば、ここまで規模と安さがモノをいう競争環境となってしまった現状、国内メーカーが海外で競争力を高めること自体非常に困難で、再び勝負するには次のゲームチェンジを待つ必要がある。それまで日本企業は、海外に容易に出ていくことはできないだけに、国内での下支えが非常に重要となっているのだ。
国内メーカーの撤退ドミノがこれ以上拡大して、“手遅れ” という事態を招かないためにも、円安などの影響を緩和して、日本のモバイル通信産業の好循環を取り戻す必要がある。そのためにも、セット販売の容認や値引き規制の大幅な緩和など、思い切った政策的措置が必要な時期に来ているのではないだろうか。