公開日 2014/04/08 11:00
SHURE「SRH1540」レビュー(2)長谷川教通氏 − 音楽ファンはもちろんスタジオモニター用としても最適
音楽ファンはもちろんスタジオモニター用としても最適。
トレース能力の高いヘッドホン
ヘッドホンやスピーカーにとって難敵と言えば、ア・カペラ。つまり、無伴奏による合唱あるいは重唱だろう。世界最高峰の声楽アンサンブル、タリス・スコラーズによるアレグリの「ミゼレーレ」。バチカンのシスティーナ礼拝堂で歌われる門外不出の秘曲とされてきたが、1770年、当時14歳のモーツァルトがイタリア旅行中に聴いて、その記憶をもとに採譜したという有名なエピソードが残されている。
「GIMMEL」レーベルによる2005年の録音は、おそらくメインマイクをかなり近接にセットしており、いまにもマイクの振動板が悲鳴を上げそうなくらい生々しい。マイクに比べ振動系の質量が大きくなるスピーカーで再生するのは至難の業だ。実際、ビリ付きノイズを発生するスピーカーもあるくらいなのだ。
ところがSRH1540はひずみ感もなく、しなやかに再生していくではないか。このトレース能力は凄い。SRH1540では振動板にPEEK樹脂という新素材を採用している。この素材はきわめて丈夫で耐熱性、耐薬品性にも優れている。
新素材だから音が良いなんて安易に言うつもりはないが、このPEEKを薄いフィルム(APTIV)にしたものをヘッドホンの振動板に使うというアイディアは画期的だ。過酷な条件下でも本来のパフォーマンスを発揮するという要素はもちろん、何よりも素材の持つ強度と弾性のバランスに、音響変換素材としての可能性を見出したからに違いない。
トレース能力の高さを高解像度と言い換えることもできるが、どうも高解像度=先鋭な音というイメージがあって、日頃から「それは違う!」と感じている。スキーのモーグルを思い出してほしい。いくつものコブをスムーズに滑走するのがイチバン速い。
華麗にジャンプしたり、派手に雪煙を上げたりすれば、迫力もあり見栄えも良いが、それだけ無駄な動きが多い証拠。音の世界も同様で、入力される信号に対していかに無駄な動きをせずに正確にトレースするかが勝負の分かれ目だ。
そのためには振動板や磁気回路などの物理特性を最適化し、さらにヘッドホン内部の形状や素材、空気の流れまでを徹底的に追い込む必要がある。これは机上の計算だけではできない。だから何十回、何百回と試聴を繰り返すことになる。
さらにSRH1540で特徴的なのが拡がりのある空間表現で、「ミゼレーレ」では五声のグループと四声のグループが離れて歌うのだが、その距離感や空気感がとても自然なのだ。これはヘッドホンのイメージを超えている。「それなら…」と、ポール・マッカートニーの「NEW」を聴く。ゴリゴリブンブンという低域ではなく、むしろ心地よい弾み感と表現した方が適切だろう。
中域から高域にかけてもスーッと素直に伸びていく感じで、耳に突き刺さるような強調感とは一線を画する質感の高さ。かなりエフェクトのかかったサウンドなのだか、不思議なくらいボーカルのフォーカスがいい。「アレッ!」と思って、シンプルなボーカルを聴いてみる。
井筒香奈江の「時のまにまに」シリーズから「ひこうき雲」や「少年時代」。自然に広がるピアノやギターの響きの中にボーカルがクッキリと浮かび上がる。このフォーカス感とコントラスト感は愉しい。おそらくL/Rのドライバーの位相が揃っている証拠だろう。周波数特性やリニアリティも非常に優秀だ。
今回はすべて96kHz/24bitや192kHz/24bitのハイレゾ音源で試聴したが、SRH1540のポテンシャルの高さを実感させられた。音楽ソースの持つ様々な要素を正確に聴き取ることができるという意味で、音楽ファンはもちろんスタジオモニター用としても最適ではないかと思う。装着したときのフィット感もいい。軽いし、イヤパッドの感触がソフトで、これなら気分よく長時間の試聴ができるだろう。
===当記事はSHURE公式サイトからの転載となります===
長谷川教通 Norimichi Hasegawa
評論家
学習書や科学雑誌の編集から、コンピュータ雑誌、オーディオ&ビジュアル専門誌の編集者として幅広く活動。その後、クラシック音楽の評論をはじめ、オーディオ&ビジュアルの評論家として多数の雑誌に執筆を続けている。豊富な経験と知識を背景にした見識と親しみやすい語り口で知られる。ステレオ再生はもちろんサラウンド再生についても、実証的な見地から既成の概念にとらわれることなく実用的な再生方法を研究し提案している。放送や映画などプロ用映像機器にも造詣が深い。趣味はビール作りとチェロ演奏。
トレース能力の高いヘッドホン
ヘッドホンやスピーカーにとって難敵と言えば、ア・カペラ。つまり、無伴奏による合唱あるいは重唱だろう。世界最高峰の声楽アンサンブル、タリス・スコラーズによるアレグリの「ミゼレーレ」。バチカンのシスティーナ礼拝堂で歌われる門外不出の秘曲とされてきたが、1770年、当時14歳のモーツァルトがイタリア旅行中に聴いて、その記憶をもとに採譜したという有名なエピソードが残されている。
「GIMMEL」レーベルによる2005年の録音は、おそらくメインマイクをかなり近接にセットしており、いまにもマイクの振動板が悲鳴を上げそうなくらい生々しい。マイクに比べ振動系の質量が大きくなるスピーカーで再生するのは至難の業だ。実際、ビリ付きノイズを発生するスピーカーもあるくらいなのだ。
ところがSRH1540はひずみ感もなく、しなやかに再生していくではないか。このトレース能力は凄い。SRH1540では振動板にPEEK樹脂という新素材を採用している。この素材はきわめて丈夫で耐熱性、耐薬品性にも優れている。
新素材だから音が良いなんて安易に言うつもりはないが、このPEEKを薄いフィルム(APTIV)にしたものをヘッドホンの振動板に使うというアイディアは画期的だ。過酷な条件下でも本来のパフォーマンスを発揮するという要素はもちろん、何よりも素材の持つ強度と弾性のバランスに、音響変換素材としての可能性を見出したからに違いない。
トレース能力の高さを高解像度と言い換えることもできるが、どうも高解像度=先鋭な音というイメージがあって、日頃から「それは違う!」と感じている。スキーのモーグルを思い出してほしい。いくつものコブをスムーズに滑走するのがイチバン速い。
華麗にジャンプしたり、派手に雪煙を上げたりすれば、迫力もあり見栄えも良いが、それだけ無駄な動きが多い証拠。音の世界も同様で、入力される信号に対していかに無駄な動きをせずに正確にトレースするかが勝負の分かれ目だ。
そのためには振動板や磁気回路などの物理特性を最適化し、さらにヘッドホン内部の形状や素材、空気の流れまでを徹底的に追い込む必要がある。これは机上の計算だけではできない。だから何十回、何百回と試聴を繰り返すことになる。
さらにSRH1540で特徴的なのが拡がりのある空間表現で、「ミゼレーレ」では五声のグループと四声のグループが離れて歌うのだが、その距離感や空気感がとても自然なのだ。これはヘッドホンのイメージを超えている。「それなら…」と、ポール・マッカートニーの「NEW」を聴く。ゴリゴリブンブンという低域ではなく、むしろ心地よい弾み感と表現した方が適切だろう。
中域から高域にかけてもスーッと素直に伸びていく感じで、耳に突き刺さるような強調感とは一線を画する質感の高さ。かなりエフェクトのかかったサウンドなのだか、不思議なくらいボーカルのフォーカスがいい。「アレッ!」と思って、シンプルなボーカルを聴いてみる。
井筒香奈江の「時のまにまに」シリーズから「ひこうき雲」や「少年時代」。自然に広がるピアノやギターの響きの中にボーカルがクッキリと浮かび上がる。このフォーカス感とコントラスト感は愉しい。おそらくL/Rのドライバーの位相が揃っている証拠だろう。周波数特性やリニアリティも非常に優秀だ。
今回はすべて96kHz/24bitや192kHz/24bitのハイレゾ音源で試聴したが、SRH1540のポテンシャルの高さを実感させられた。音楽ソースの持つ様々な要素を正確に聴き取ることができるという意味で、音楽ファンはもちろんスタジオモニター用としても最適ではないかと思う。装着したときのフィット感もいい。軽いし、イヤパッドの感触がソフトで、これなら気分よく長時間の試聴ができるだろう。
===当記事はSHURE公式サイトからの転載となります===
長谷川教通 Norimichi Hasegawa
評論家
学習書や科学雑誌の編集から、コンピュータ雑誌、オーディオ&ビジュアル専門誌の編集者として幅広く活動。その後、クラシック音楽の評論をはじめ、オーディオ&ビジュアルの評論家として多数の雑誌に執筆を続けている。豊富な経験と知識を背景にした見識と親しみやすい語り口で知られる。ステレオ再生はもちろんサラウンド再生についても、実証的な見地から既成の概念にとらわれることなく実用的な再生方法を研究し提案している。放送や映画などプロ用映像機器にも造詣が深い。趣味はビール作りとチェロ演奏。