[連載]高橋敦のオーディオ絶対領域
【第216回】声DAP×声ホン×声ソンで大スクランブルテストッ!A&norma SR15と声イヤホンを声優ソングで聴きまくる
■田村ゆかりさん「Lost Sequence」
SR15とのコンビネーションで田村ゆかりさん「Lost Sequence」の魅力を最も引き出した優勝イヤホンは……
FitEar EST Universal!!
優勝の決め手は、田村ゆかりさんの声の手触り、猫の舌のように絶妙に引っかかる心地よいざらつきを、ざらつかせすぎず滑らかにもしすぎず、一番絶妙に届けてくれたことだ。そしてもちろん、ゆかりさんの歌の表現力全般への追従度も高い。それではポイントを紹介していこう。
まずは猫舌感。全くの造語だが、ゆかりさんの歌声を聴き込んでいて、猫に舐められ込んでいる方であれば、言わんとしている感触は何となく思い浮かべてもらえるのではないだろうか。独特のざらつきのようなものがある。しかしそれはむしろ耳と心を心地よく刺激し引っかかってくる。そんな声の質感だ。
ゆかりさんの歌を再生するオーディオシステムには、その猫舌感をしっかり届け、しかし嫌なざらつきにはせず、しかし滑らかにもしすぎないといった、絶妙の質感表現が求められる。
そしてゆかりさんの歌は表現が実に繊細だ。それを余さず届けくれることもオーディオに求めたい。
例えば冒頭「声が深い影になる」「ひとり迷う思い出に」の、
「声が」 「になる」
「ひとり」「い出に」
に注目してみてほしい。
まずこの箇所は、
「声が深い影になる」
「タン タン タン タタタタタタン ターン タン」
のように、「タン タン タン」「タン ターン タン」と一音一音に間を空け、音を置いていくようなメロディになっていることがポイント。この曲を通して一番リズムを立てた主メロと言える。
そこでのゆかりさんの歌い方を聴くと、リズムを立てたメロディとはいえ、カチッとはさせず、そっとその音符に置くような歌い方。ここだけリズムを強く立てて歌ってしまうと、その前後や曲全体の流れるようなメロディとのつながりが悪くなるだろうし、感情表現としてもしっくりこない、そのような感覚からだろうか。
その置き方のニュアンスにもさらに注目。例えば「声が」と「ひとり」では声を少し変えている。「ひとり」のところは声色を少し高域にシフトして、より脆い印象の声だ。イヤホンにはこういった表現もしっかり描き出してほしい。
「声が」 「になる」
「ひとり」「い出に」
を聴くと、そこにもう一つのポイントがあることにも気付くだろう。ゆかりさん楽曲を構築する強い要素のひとつ、ゆかりんコーラスだ。ここに限らずこの曲はゆかりんコーラスがアレンジの鍵となっており、そのハーモニーによって曲の印象が作り上げられているといっても過言ではない。
前述の部分では心の沈みを表現するかのように、深みのある低音のハーモニーを。そしてサビでは、主メロに対して低いハーモニーと高いハーモニーを、その瞬間ごとに使い分け、あるいは共に重ねて、瞬間ごとにどちらかを際立たせるようにミックスするなど、アレンジ・歌・録音とあらゆる段階でそれを強く生かした表現がされている。
「忘れられない」
「忘れるはずがない」
のところは低いハーモニーで沈みを、
「全部 気付いてる」
は高音のハーモニーで突き抜けた悲しみを表現。特に最後「気付いてる」のところでは、ハーモニー側の語尾にこそ、その悲しみが込められているようにさえ感じられる。
「言わなくちゃ」
も語尾に注目。「言わな」まではハモリなしで、語尾の「くちゃ」にだけ高音側のハーモニーが付けられており、しかもその「くちゃ」のニュアンスが柔らかい。この「言わなくちゃ」の部分は、主メロの声もやはりふっと明るくなっているのだが、その最後をこのハーモニーでさらに決定的にしている感じだ。
「やっぱり、言わなくちゃいけないよね……」というような、諦めで気が抜けるような、そんな心情を表す明るさや柔らかさ。それをハーモニーでも強調している。このハーモニーの表現がしっかり届くかによって、心への響き方も変わってくるだろう。
なお「言わなくちゃ」に続く歌詞は「さよなら」だ。
「そう いま では」
「もう花は咲かない」
の、「そう」「いま」「では」のひとつひとつのニュアンス、「咲かない」の語尾の「い」の抜き方なども素晴らしい。「い」を伸ばしていき、最後に言葉としての響きを抜いて切ない息だけを残す、そのコントロールに聴き惚れたい。
などなどそれら全てをクリアしたFitEar EST Universal、これを今回優勝の「ゆかりホン」として讃えたい。
E5000はしっとりとした情感というところでは一番だった。優れたゆかりホンを多く輩出しているfinal、さすがだ。またこの曲はベースの沈み込みもポイントだが、そこへの対応もばっちり。今回の優勝はESTに譲ったが、その日の気分次第で評価が逆転するレベルの接戦。
RK01は全体に空間が明るめ。おかげでハーモニーが折り重なる様子などもはっきり見える。しかしその反面、この歌の大きな魅力である「陰り」が少し薄れてしまう。一般論的には優れたポイントでも、特定の曲との相性ということでは弱点になる場合もあるのだ。
CW-U12aEXでは、ボーカルを適度に大柄にして描き出してくれて、バラードにおける「歌が主役」のアレンジやミックスの良さを特に強く引き出してくれる。声もしなやかでいて猫舌感もしっかり。しかし、声の質感が少し出すぎるように感じる場面も。だがちょっとしたチューニング、例えばイヤーピースやケーブルの交換で調整できそうな程度のことではある。
W80は、良くも悪くも温かみや柔らかさを強く感じさせる表現。「良くも」の点は、歌の所々に見られる、気が抜けてしまったような諦めの感触の表現に優れること。一方「悪くも」としては、歌の全体のトーンである張り詰めた悲しみ、硬さや寒さの表現が甘くなってしまうところが気になる。だが、ボーカルを主役に全体を調和させて届けてくれる点は、ここでも大きな優位を見せつけてくれた。