公開日 2011/04/27 11:19
都市と森林の共生を図り、“音も良い銀行”がeco japan cup を受賞 - キーパーソンが狙いを語る
提案者・高安重一氏に訊く
「環境省などが主催する『eco japan cup 2010(※)』で、「音の良い銀行店舗」が、「エコデザイン企業賞:三井住友エコ・バンキング(銀行)オフィス賞」の最優秀賞を受賞したそうですよ」
ある日、こんな話が編集部に飛び込んできた。
「エコと音の良さ?」
一見、何の脈絡もなさそうな結びつきの理由を探るべく、これを提案した設計事務所を訪れることにした。
受賞対象作品は「Bank in Forest」、提案者は「季刊・ホームシアターファイル」でもおなじみの高安重一氏と同氏が率いる建築設計事務所・アーキテクチャー・ラボ。そして、そこには「SYLVAN」(関連記事)や「ANKH」(関連記事)でお馴染みの「AGS(Acoustic Grove System)」の考え方も採り入れられているそうだ。
※eco japan cup 2010(公式サイト)
主催:環境省/総務省/日本政策投資銀行/三井住友銀行/環境ビジネスウィメン
― 受賞おめでとうございます。エコというと断熱やソーラーパワーの活用などをイメージしますが、エコと音はどこで結びつくのでしょうか。
高安 もともとの出発点は音ではなく、森を守るために間伐材の有効な使い方を考えられないかということでした。森を育てるためには間伐をしないといけませんが、間伐材は箸などの小物にしか使われていません。その程度の使用量では日本の森から出る膨大な量の間伐材を消化できませんので、ほとんどの間伐材は捨てるしかありません。ところが捨てるためのために費用がかかってしまうので間伐できずに、日本の森がどんどん荒れていっています。
でも、もし間伐材を建築材料に使うことができれば、箸や小物と違って大量に使うことができます。「都市部で間伐材を使うことによって、地方の森を育てるというサイクルを産み出したい」、これが今回のコンセプトでした。
詳細について私は把握していませんが、森の音を聞かせながら体感温度を尋ねると、実際の温度よりも2℃ほど低く感じるという実験結果があるそうです。もし森の中と同じような音の環境をオフィスに作ることができれば、冷房温度を28℃に設定した時の体感温度は26℃程度に下がります。間伐材の有効利用だけでなく、この点も審査員の皆様から評価されたそうです。まず、間伐材の利用ありきで、それによって副次的に生み出されたものが音でした。
― 間伐材の利用が、音の面でもいい影響を及ぼすということでしょうか。
高安 単に内装に木を使うということだけでしたら、一部の居酒屋などでも見られます。そこで、間伐材を使うことで地方の森を守るだけでなく、それが使われる都市部の空間にもメリットを出せないだろうかと考えました。
その時に頭に浮かんだのが日東紡音響エンジニアリング(以下、日東紡)さんのAGS(Acoustic Grouve System)でした。日東紡さんではAGSのことを柱状拡散体と呼んでいます。これは、様々な太さの木を組み合わせることによって、森林の持つ騒音低減効果や吸音効果などを利用して心地よい音場を再現しようという考え方です。
千葉にある日東紡さんのサウンドラボにAGSが配置されたスタジオがあります。そのスタジオに初めて入った時の驚きを今でもはっきり覚えています。部屋の中に入った時に壁などからの反射音の影響で部屋の広さが大体分かりますが、ラボのスタジオに入った時にそれが感じられませんでした。極端な言い方をすると、部屋の中に入ったはずなのに、あたかも外に出たかのような感じを受けました。その時に、もし、このようなところで仕事をできたら、そこで働く人たちは気持がいいだろうなと思いました。
日東紡さんのAGSは、様々な太さの柱状の集成材を組み合わせることで、京都の北山杉の森のような音場空間に近づけようとしています。そこで、異なる太さの木を柱上に立てることによって、それができるのであれば、間伐材でも同じような効果を出せるはずだという仮説を立てました。
― 間伐材を行内に立てることによって、森が持っている心地よい音場空間も出そうということだったということですね。
高安 今回の対象は銀行の店舗です。そこで、行内に間伐材を大量に並べて森の中のような心地良い音空間を作ることで、お客様にとってはもちろんですが、そこで一日中働かられているスタッフにとっての環境も改善できるのではないかという仮説を立てました。
建築雑誌には新しいオフィスビルの紹介がよく乗っていますが、外観やエントランスホールの写真がほとんどで、本来の機能であるはずのオフィス空間を大きく取り上げている例はほとんどありません。オフィスである以上、その中心になる執務空間をどうするかが重要です。その時に機能性や効率性だけでなく、そこで働く人たちが快適に仕事をできる空間であることが大切です。その時に音も非常に重要な要素です。
― AGSの要素はどの程度入っているのでしょうか。
高安 太さの違う丸太状の木を並べることによる効果や厚みによる効果の違いなどについてのアドバイスをいただきましたが、使う場所が違いますのでサウンドラボのAGSそのものを移植したわけではありません。
われわれの提案では間伐材を加工して使っていますが、サウンドラボでは塗装した集成材を使っていますし、間伐材のみを使っているわけではありません。セキュリティーの問題も含めて銀行という空間に必要な機能を阻害しない構造にすることも必要です。間伐材の並べ方や高さなども自分たちで考えました。
それが使用空間でも元来のAGSは音楽を聴くための空間をターゲットにしていますが、今回の私たちの提案は銀行の店舗というオフィス空間ですので、そこでの会話の聞き取りやすさや銀行特有の不快な音を抑えるなど、中・高音の聴こえ方を中心に音響設計しました。
銀行としての機能性やセキュリティーの問題等がありますので図面のような林のように並んだ状態にできるかどうかはわかりませんが、できるだけ、森の中にいるようなイメージに近づけられればと考えています。
― 実際に形にしていく場合、当初の想定と変わってくることはありますか。
高安 間伐材ということで、当初、考えていたよりもコストが相当かかりそうです。間伐材をそのまま並べれば材料費も加工費もそれほどかからないのではないかと考えました。ところが、間伐材を使うことで森の再生を図るという考え方が評価されて賞をいただきましたので、それを実際の店舗に適用するにあたっては、本当に間伐材を使っているという証明を受けるのに相当費用がかかることがわかりました。
また、建物の内装材として使いますので不燃化をどうするかという問題も出てきました。集成材の不燃化はそれほど難しくありませんし実績もありますが、丸太の状態で不燃化した例は今まであまりありません。丸太に加工できる所はあるのですが、このための費用も相当かかりそうです。間伐材そのものは非常に安価ですが、それが間伐材であることを証明するための手続きや、内装材として使うための不燃化のための加工に相当費用がかかることになりそうです。
間伐材を使っても証明が必要ない場合や、建物の一部を構成する内装材としてではなく移動可能な什器として使うような工夫ができれば、もっと安価な費用でできるようになると思いますので、もっと、幅広い範囲でこの考え方を展開できるように思います。
― 今回のプランが具現化されたエコ・バンキング・オフィスの実現が楽しみですね。
高安 今回の提案の出発点は、「都市部で間伐材を使うことによって、地方の森を育てたい」ということでしたが、そこに、音による快適さというテーマも組み込みました。
今まで、音そのものをテーマにしたオフィスビルや住宅そのものはなかったように思いますが、建築家の間では問題になっていましたし、それを改善したいという思いも建築家にはありました。たとえば、フォークやナイフの音がうるさくて食堂に長い時間いられないとか、反響がうるさくて仕事にならないとかといったことなどです。
ただ、そこでの対策は吸音が中心でした。吸音では反射音が抑えられそれなりの静けさは得られても、吸音材に囲まれた無響室に長い時間居られないのと同様に、居心地が悪く、決して快適とはいえません。また、設計段階では吸音材を入れたりしてもコスト等の問題で最終的に省かれてしまうというケースもあるようです。
快適な空間を作るうえで空間の広さや色、光や風、温度等も重要ですが、音の響きや聴こえ方も非常に重要です。ある空間に入った時に、そこの音が快適かどうか分かる人はかなり敏感な人ですが、経験を重ねていくことによって分るようになっていきます。建築の世界でも、どんどん快適な音の空間が広がっていくといいですね。
ある日、こんな話が編集部に飛び込んできた。
「エコと音の良さ?」
一見、何の脈絡もなさそうな結びつきの理由を探るべく、これを提案した設計事務所を訪れることにした。
受賞対象作品は「Bank in Forest」、提案者は「季刊・ホームシアターファイル」でもおなじみの高安重一氏と同氏が率いる建築設計事務所・アーキテクチャー・ラボ。そして、そこには「SYLVAN」(関連記事)や「ANKH」(関連記事)でお馴染みの「AGS(Acoustic Grove System)」の考え方も採り入れられているそうだ。
※eco japan cup 2010(公式サイト)
主催:環境省/総務省/日本政策投資銀行/三井住友銀行/環境ビジネスウィメン
■発想の原点は間伐材の有効利用による都市と地方の共生 |
― 受賞おめでとうございます。エコというと断熱やソーラーパワーの活用などをイメージしますが、エコと音はどこで結びつくのでしょうか。
高安 もともとの出発点は音ではなく、森を守るために間伐材の有効な使い方を考えられないかということでした。森を育てるためには間伐をしないといけませんが、間伐材は箸などの小物にしか使われていません。その程度の使用量では日本の森から出る膨大な量の間伐材を消化できませんので、ほとんどの間伐材は捨てるしかありません。ところが捨てるためのために費用がかかってしまうので間伐できずに、日本の森がどんどん荒れていっています。
でも、もし間伐材を建築材料に使うことができれば、箸や小物と違って大量に使うことができます。「都市部で間伐材を使うことによって、地方の森を育てるというサイクルを産み出したい」、これが今回のコンセプトでした。
詳細について私は把握していませんが、森の音を聞かせながら体感温度を尋ねると、実際の温度よりも2℃ほど低く感じるという実験結果があるそうです。もし森の中と同じような音の環境をオフィスに作ることができれば、冷房温度を28℃に設定した時の体感温度は26℃程度に下がります。間伐材の有効利用だけでなく、この点も審査員の皆様から評価されたそうです。まず、間伐材の利用ありきで、それによって副次的に生み出されたものが音でした。
― 間伐材の利用が、音の面でもいい影響を及ぼすということでしょうか。
高安 単に内装に木を使うということだけでしたら、一部の居酒屋などでも見られます。そこで、間伐材を使うことで地方の森を守るだけでなく、それが使われる都市部の空間にもメリットを出せないだろうかと考えました。
その時に頭に浮かんだのが日東紡音響エンジニアリング(以下、日東紡)さんのAGS(Acoustic Grouve System)でした。日東紡さんではAGSのことを柱状拡散体と呼んでいます。これは、様々な太さの木を組み合わせることによって、森林の持つ騒音低減効果や吸音効果などを利用して心地よい音場を再現しようという考え方です。
千葉にある日東紡さんのサウンドラボにAGSが配置されたスタジオがあります。そのスタジオに初めて入った時の驚きを今でもはっきり覚えています。部屋の中に入った時に壁などからの反射音の影響で部屋の広さが大体分かりますが、ラボのスタジオに入った時にそれが感じられませんでした。極端な言い方をすると、部屋の中に入ったはずなのに、あたかも外に出たかのような感じを受けました。その時に、もし、このようなところで仕事をできたら、そこで働く人たちは気持がいいだろうなと思いました。
日東紡さんのAGSは、様々な太さの柱状の集成材を組み合わせることで、京都の北山杉の森のような音場空間に近づけようとしています。そこで、異なる太さの木を柱上に立てることによって、それができるのであれば、間伐材でも同じような効果を出せるはずだという仮説を立てました。
■そこにいる人たちの快適さを生み出す心地良い音空間 |
― 間伐材を行内に立てることによって、森が持っている心地よい音場空間も出そうということだったということですね。
高安 今回の対象は銀行の店舗です。そこで、行内に間伐材を大量に並べて森の中のような心地良い音空間を作ることで、お客様にとってはもちろんですが、そこで一日中働かられているスタッフにとっての環境も改善できるのではないかという仮説を立てました。
建築雑誌には新しいオフィスビルの紹介がよく乗っていますが、外観やエントランスホールの写真がほとんどで、本来の機能であるはずのオフィス空間を大きく取り上げている例はほとんどありません。オフィスである以上、その中心になる執務空間をどうするかが重要です。その時に機能性や効率性だけでなく、そこで働く人たちが快適に仕事をできる空間であることが大切です。その時に音も非常に重要な要素です。
― AGSの要素はどの程度入っているのでしょうか。
高安 太さの違う丸太状の木を並べることによる効果や厚みによる効果の違いなどについてのアドバイスをいただきましたが、使う場所が違いますのでサウンドラボのAGSそのものを移植したわけではありません。
われわれの提案では間伐材を加工して使っていますが、サウンドラボでは塗装した集成材を使っていますし、間伐材のみを使っているわけではありません。セキュリティーの問題も含めて銀行という空間に必要な機能を阻害しない構造にすることも必要です。間伐材の並べ方や高さなども自分たちで考えました。
それが使用空間でも元来のAGSは音楽を聴くための空間をターゲットにしていますが、今回の私たちの提案は銀行の店舗というオフィス空間ですので、そこでの会話の聞き取りやすさや銀行特有の不快な音を抑えるなど、中・高音の聴こえ方を中心に音響設計しました。
銀行としての機能性やセキュリティーの問題等がありますので図面のような林のように並んだ状態にできるかどうかはわかりませんが、できるだけ、森の中にいるようなイメージに近づけられればと考えています。
■快適な音の空間をもっともっと広げていきたい |
― 実際に形にしていく場合、当初の想定と変わってくることはありますか。
高安 間伐材ということで、当初、考えていたよりもコストが相当かかりそうです。間伐材をそのまま並べれば材料費も加工費もそれほどかからないのではないかと考えました。ところが、間伐材を使うことで森の再生を図るという考え方が評価されて賞をいただきましたので、それを実際の店舗に適用するにあたっては、本当に間伐材を使っているという証明を受けるのに相当費用がかかることがわかりました。
また、建物の内装材として使いますので不燃化をどうするかという問題も出てきました。集成材の不燃化はそれほど難しくありませんし実績もありますが、丸太の状態で不燃化した例は今まであまりありません。丸太に加工できる所はあるのですが、このための費用も相当かかりそうです。間伐材そのものは非常に安価ですが、それが間伐材であることを証明するための手続きや、内装材として使うための不燃化のための加工に相当費用がかかることになりそうです。
間伐材を使っても証明が必要ない場合や、建物の一部を構成する内装材としてではなく移動可能な什器として使うような工夫ができれば、もっと安価な費用でできるようになると思いますので、もっと、幅広い範囲でこの考え方を展開できるように思います。
― 今回のプランが具現化されたエコ・バンキング・オフィスの実現が楽しみですね。
高安 今回の提案の出発点は、「都市部で間伐材を使うことによって、地方の森を育てたい」ということでしたが、そこに、音による快適さというテーマも組み込みました。
今まで、音そのものをテーマにしたオフィスビルや住宅そのものはなかったように思いますが、建築家の間では問題になっていましたし、それを改善したいという思いも建築家にはありました。たとえば、フォークやナイフの音がうるさくて食堂に長い時間いられないとか、反響がうるさくて仕事にならないとかといったことなどです。
ただ、そこでの対策は吸音が中心でした。吸音では反射音が抑えられそれなりの静けさは得られても、吸音材に囲まれた無響室に長い時間居られないのと同様に、居心地が悪く、決して快適とはいえません。また、設計段階では吸音材を入れたりしてもコスト等の問題で最終的に省かれてしまうというケースもあるようです。
快適な空間を作るうえで空間の広さや色、光や風、温度等も重要ですが、音の響きや聴こえ方も非常に重要です。ある空間に入った時に、そこの音が快適かどうか分かる人はかなり敏感な人ですが、経験を重ねていくことによって分るようになっていきます。建築の世界でも、どんどん快適な音の空間が広がっていくといいですね。
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