公開日 2022/07/08 06:30
ハイエンド・オーディオに特化した「エソテリック・マスタリング・センター」。妥協なきマスタリング環境のこだわりを訊く
【特別企画】Grandiosoシリーズをソフト制作にも活用
エソテリックのもうひとつの顔ともいえる名盤復刻シリーズのSACD。これまでクラシックを中心に数々の歴史的な名演奏、名録音を同社技術でリマスターしてきた。同社は今年、「エソテリック・マスタリング・センター」を新設、これまでJVCマスタリングセンターで行っていたプロセスをすべて自社内に移管。ハードとソフト制作の垣根を越えて、エソテリックが持つあらゆる技術やノウハウを投入したSACD制作をスタートさせた。
本項ではエソテリックSACDの生みの親にして、同センターのプロデューサー、大間知基彰氏が登場。インタビュアーは旧知の仲であるオーディオ評論家の藤岡 誠氏。JVCから召喚されたマスタリング・エンジニアの東野真哉氏、同社テクニカルマネージャー、加藤徹也氏とともに、同センターの設立に至る経緯やソフト制作にかける情熱をお届けする。
藤岡 まずは「エソテリック・マスタリング・センター」設立までの経緯を教えてほしいのですが、その前に少ししゃべらせてください。この知らせを聴いた時、「とうとうこの日が来たか」という想いと同時に素直に嬉しかったんです。僕はエソテリック盤のファンだったから。昔の音源をここまで現代的なクオリティで楽しめることは大変意義深い。しかもそれを主宰するのが大間知さんではないですか。大間知さんと知り合ったのはティアックに入社する以前のこと。かつてフリーランスでホールのPAをやっていた時に初めて会いました。最初の出会いはイイノホールですよね。何年前の話だろう?
大間知 もう50年近く前のことですね。
藤岡 当時の仲間たちはほとんどいなくなってしまいましたね。そんな中で、いまこうして大間知さんと今日のエソテリックの話ができるというのはとても光栄だし、嬉しいです。
大間知 一気に昔を思い出してしまいました(笑)。藤岡さんと出会ったのはアナログ全盛の時代。38cm/2trオープンリールの録音をしたり、そのテープをTEAC MASTER SOUNDとして売ったり、4trのミュージックテープを売ったり……こういったソフトの制作に若い頃から携わってきました。
藤岡 編集だって、切った貼ったの世界でしたからね。
大間知 当時は勉強のためにドイツ・グラモフォンやデッカの録音のセッションに見学に行ったり、いろいろと勉強させてもらいました。そういうなかで録音やマスタリング、編集という作業を一通り勉強しました。この経験を何とか生かしたいという想いもあって、エソテリックのソフトを立ち上げたわけです。
立ち上げた当時はCDの全盛期でした。CDの音は低域のアタックの解像度やピアノの音などは非常に明解だし、ゆるぎないし、魅力的な部分がものすごくあった。でもやはりウィーン・フィルやベルリン・フィルの弦の音はなかなか出ない。音が硬いというか、ささくれ立った機械的な音がして「こんな音でいいのかな?」と疑問を持っていました。
そうこうしているうちに1999年にSACDが登場して、そういった部分はかなり改善されました。そんななかで、マスターテープの音を知っている私としては、SACDという器ならば、音はまだまだ良くなるのではと思ったのです。
藤岡 大間知さんは当時から楽器そのものの音はもちろん、使用するマイクの音まで勉強してましたから。それが今日に生きていますね。
大間知 ドイツ・グラモフォンやフィリップス、デッカ、EMIのマスターテープを聴いていると、もっとたくさんの音楽情報を伝えることができるのではという興味が沸いてきたのです。
藤岡 いま大間知さんがやっていることは音質はもちろんですが、その上で歴史的な名演奏、名盤を後世に残していくという意味でも非常に重要な活動をしていると思います。
大間知 1950年代以降に名演奏家がたくさん出てきたわけです。これはまさに音楽の遺産です。こういった音楽芸術はいい状態で保存しなければいけない。我々はオーディオメーカーとしてこうした使命感も非常にありました。
藤岡 ですから今回エソテリックがマスタリングセンターを作ったというのは、これを実現するためのいい手法だと思います。それこそ大間知さんのキャリア、経験を十二分に生かしたお仕事ができるのではと思います。
大間知 私どものSACDのソフト作りは今から15年前にスタートしました。以後メジャーレーベルの139タイトル以上をすでにリリースしてきたわけです。こうした中でいろんな方々の協力を得てマスタリングを行ってきました。しかし、すべてのことで満足のいく、納得のいくものを作るためには、自分たちのスタジオで自分たちの求める音を作っていかなければならない。
藤岡 今回の新スタジオは大間知さんの情熱を表現するのに適しているのではと思います。これまでのエソテリック盤とどう変わっていくのか、注目も高いと思います。
大間知 マスタリングという作業はプロの世界の話だからと言って、あまり関心がなかった方も多いはずです。でも今回我々ハードメーカーが制作することによって、オーディオファンの皆さんにも音作りに関してかなり理解していただけるようになると思います。
藤岡 そこなんですよ。ハードメーカーがソフトに深くかかわるという点で、今回のマスタリング・センターの設立は非常に存在意義がある。エソテリックに限らず、ハードを作るすべてのメーカーでやってもらえれば、オーディオはさらに楽しくなるのではと思います。
大間知 それから誤解を招くとまずいのですが、我々はラジカセで音楽を聴くファンに向けてソフトを売っているわけではない。あくまでもハイエンドのオーディオファンに向けて作っているわけで、そういう意味ですべてのことをそこに集中できる。例えばメジャーレーベルの場合は、買ってくれるお客さんのために広範囲に間口を広げている。ラジカセで音楽を聴く人にもオーディオファンにもある程度納得していただけるように全方位で制作している。我々にはそういった気持ちはまったくないですから。
それから今は海外も含めて非常に多くのSACDプレーヤーが出ています。これはやはりいいソフトが出てきたということと関係があると思います。いい音のソフトがたくさん出てくれば、オーディオファンも確実に増えてきてくれると思います。
藤岡 本当にそう思いますし、そうあってほしいですね。3月には第1弾の3作品が出てきましたが、手ごたえはいかがでしょうか?
大間知 第1回目のマスタリングにふさわしい作品を集めました。やはり名演奏家なので、その当時に録音された時のエネルギーや鮮度、空間情報を最大限に引き出したいという想いがありました。そういう意味で選んだのがエルガーのチェロ協奏曲、それからマーラーの3番、1番という大編成のオーケストラ、あとポリーニのベートーヴェンのピアノ協奏曲全集。皆様一度や二度は聴かれた方が多いと思う名演奏です。LPやCDですでに持っている方もかなりいるのではないでしょうか。
藤岡 エソテリックのソフトのファンは年配の方が多く、そういった方々はLPで持っている人が多いかもしれないですね。僕はエソテリックのSACDはLPの音に近いと思っている。ですからLPの音を知っている方にも十分に満足していただけると思います。
大間知 音質面で最も大切にしているのは空間情報です。ホールの響き。これはクラシック音楽に関してはものすごく大事な要素です。マイクセッティングもさることながらどのホールで録音したのかも重要な要素になります。
これは単にマスタリングでエコー処理をして、付け足して擬似的な空間を出そうと思っても無理なのです。楽器から出た音だけでなくオーケストラの配列といったステージ上の空間表現、それからリスナーとオーケストラの間の空気感、さらにホール全体を包み込む空気感……。こういうものを正確に出すことがマスタリングでものすごく大事じゃないかと。だから人工的なエコーでごまかそうなんていうのは我々のマスタリングでは全然考えていません。つまりマスタリングでごまかしてはいけないということです。デジタルになっていろんなことができるようになりましたが、それをいい方向に使うかというのがマスタリングの腕でもあるわけです。
幸いにしてJVCにいた東野さんと一緒になって、こちらからいろんな要求を出しています。そういう意味ではこれからも第2弾、第3弾といいものを作っていけると思います。
それと同時にハードに関しては非常に良い機器を使っていらっしゃる方が多いので、絶対にこういう音が出せるはずだという想定のもとに、いい情報をマスタリングで記録して、皆さんに伝えていきたいと思います。
藤岡 オリジナルの音源は古いものも多く、ご苦労も多いと思いますが……
大間知 名盤と言われるマスターテープは古いものも多く、保存状態によっては、年数が経つと劣化が進むので、これからも良い状態のものを探して、エソテリックのSACDとして出して行きたいですね。
東野 貴重な作品が多いので、なるべく早く、多くの作品をエソテリックマスタリングでお届けしたいです。
藤岡 東野さんに訊きたいのですが、実際のマスタリングの作業としてJVCの時とはどのような違いがありますか?
東野 作業の流れは今までとあえて同じにしています。エソテリックのSACDのファンの方々が楽しみにされている音の傾向は崩すわけにはいきませんので。機材面を今回大幅にグレードアップできたことが大きな変化です。普段使用しているシステムだけでなくて、手作りのものも含めて、すべての機材に加藤さんの手が加えられています。ピラミックスに関しても電源以外にもあらゆる部分に手が入っています。
藤岡 そのあたりの機材のお話は加藤さんに伺った方がいいですね。
加藤 大間知さんのなかに「この演奏、ホール、録音はこう再現されるべきだ」「この当時はこういう楽器を使っているのだから、こういう響きがもっと出るはずなんだ」という思いがすごく明確なのです。ですから機材の方がしっかりと寄り添えないとその違いを出せない。大間知さんの要望をいかに明確に実現させていけるか、というのが僕の仕事だと思っています。
藤岡 機材はほとんどがGrandiosoですよね。D1X、C1X、G1Xというように連なっていますが、市販の製品とは少し違うのですか?
加藤 実はそうなんです。非常に微妙に変えていまして、写真であまり写してほしくないです(笑)。まず天板が開いているのと、サイドのパネルまで取ってしまっているのもあります。マスタリングのためだけにここに設置してあるので、例えばネジをなくしたり、シャーシ構造も結構いじっています。半導体関係に関してもD1Xが出て以降から進化している部分も少し足したりしています。
それから、SACDマスタリングの根幹になるMERGING社PyramixのAD/DAユニットは、内蔵されているスイッチング電源を使わずに、Grandiosoで使っているアナログ電源に変えています。ケーブル類もスタジオでは絶対にあり得ないようなグレードの電源ケーブルやクロックケーブル、デジタルケーブルを使っています。
ラックもオーディオファンが使うようなものをあえて選びました。インシュレーターは実は大間知さんの自宅の床に使っている無垢材(オークの300年もの)です。響きとエネルギー感がいちばん両立できるものを使っています。完全にオーディオファンの手法ですよね。
藤岡 改造しているとはいえ、基本的にエソテリックの民生品と同じものをマスタリングで使っているということは、すごく高度な評価につながっていくと思いますね。
加藤 従来からエソテリックのマスタリングの魅力は「民生機器の側からソフトを作っていく」というところにあったのですが、その作業が自分の陣地内に入ったことで、さらにやりたい放題できるようになりました。今まではJVCのスタジオ内のある一角に機材を置かせていただいていたので、普段の仕事に支障が出ない程度に何とかおさめなければいけなかったので。
大間知 機材の配置に余裕を持たせて空間を作ることもものすごく重要です。いろんな機材がぎっしりとラックにマウントされているような、そういったプロの制作現場では考えられないようなことをしています。
東野 プロのスタジオですと、CDもSACDも配信用のハイレゾのWAVも作らなければならない。そういったものに全て対応しなければならないのですが、ここはエソテリックのSACDをマスタリングすることだけに特化しています。ですからその作業に必要のない機材を置かなくてもいいというメリットがあります。機材自体に関しても、例えばクロックのG1Xには民生用としていろんな機能が搭載されていますが、ここではマスタリング作業に必要な機能以外はすべてカットしてもらっています。
藤岡 今後の予定もお聞かせください。クラシック以外のジャンルも要望が多いのではないですか?
大間知 今後もヨーロッパのクラシックが中心になることは確かです。ドイツ・グラモフォン、デッカ、EMI、アルヒーフ、フィリップスなどの歴史的名盤です。これらは何種類もマスター盤が出てきていて、比較されるお客様が多いと思いますので絶対に手を抜けません。6月にはピリスの『ショパン/夜想曲全集』(グラモフォン)も発売されましたのでお楽しみください。もちろんジャズの名盤など他のジャンルにもチャレンジしていきたいと思います。
藤岡 オーディオファンは大注目ですね。ぜひとも実際に自宅のシステムでお楽しみください。ありがとうございました。
(提供:エソテリック)
本記事は『季刊・Audio Accessory vol.184』に加筆・修正を加えた完全版です
本項ではエソテリックSACDの生みの親にして、同センターのプロデューサー、大間知基彰氏が登場。インタビュアーは旧知の仲であるオーディオ評論家の藤岡 誠氏。JVCから召喚されたマスタリング・エンジニアの東野真哉氏、同社テクニカルマネージャー、加藤徹也氏とともに、同センターの設立に至る経緯やソフト制作にかける情熱をお届けする。
優れた音楽芸術を後世に伝える使命
藤岡 まずは「エソテリック・マスタリング・センター」設立までの経緯を教えてほしいのですが、その前に少ししゃべらせてください。この知らせを聴いた時、「とうとうこの日が来たか」という想いと同時に素直に嬉しかったんです。僕はエソテリック盤のファンだったから。昔の音源をここまで現代的なクオリティで楽しめることは大変意義深い。しかもそれを主宰するのが大間知さんではないですか。大間知さんと知り合ったのはティアックに入社する以前のこと。かつてフリーランスでホールのPAをやっていた時に初めて会いました。最初の出会いはイイノホールですよね。何年前の話だろう?
大間知 もう50年近く前のことですね。
藤岡 当時の仲間たちはほとんどいなくなってしまいましたね。そんな中で、いまこうして大間知さんと今日のエソテリックの話ができるというのはとても光栄だし、嬉しいです。
大間知 一気に昔を思い出してしまいました(笑)。藤岡さんと出会ったのはアナログ全盛の時代。38cm/2trオープンリールの録音をしたり、そのテープをTEAC MASTER SOUNDとして売ったり、4trのミュージックテープを売ったり……こういったソフトの制作に若い頃から携わってきました。
藤岡 編集だって、切った貼ったの世界でしたからね。
大間知 当時は勉強のためにドイツ・グラモフォンやデッカの録音のセッションに見学に行ったり、いろいろと勉強させてもらいました。そういうなかで録音やマスタリング、編集という作業を一通り勉強しました。この経験を何とか生かしたいという想いもあって、エソテリックのソフトを立ち上げたわけです。
立ち上げた当時はCDの全盛期でした。CDの音は低域のアタックの解像度やピアノの音などは非常に明解だし、ゆるぎないし、魅力的な部分がものすごくあった。でもやはりウィーン・フィルやベルリン・フィルの弦の音はなかなか出ない。音が硬いというか、ささくれ立った機械的な音がして「こんな音でいいのかな?」と疑問を持っていました。
そうこうしているうちに1999年にSACDが登場して、そういった部分はかなり改善されました。そんななかで、マスターテープの音を知っている私としては、SACDという器ならば、音はまだまだ良くなるのではと思ったのです。
藤岡 大間知さんは当時から楽器そのものの音はもちろん、使用するマイクの音まで勉強してましたから。それが今日に生きていますね。
大間知 ドイツ・グラモフォンやフィリップス、デッカ、EMIのマスターテープを聴いていると、もっとたくさんの音楽情報を伝えることができるのではという興味が沸いてきたのです。
藤岡 いま大間知さんがやっていることは音質はもちろんですが、その上で歴史的な名演奏、名盤を後世に残していくという意味でも非常に重要な活動をしていると思います。
大間知 1950年代以降に名演奏家がたくさん出てきたわけです。これはまさに音楽の遺産です。こういった音楽芸術はいい状態で保存しなければいけない。我々はオーディオメーカーとしてこうした使命感も非常にありました。
藤岡 ですから今回エソテリックがマスタリングセンターを作ったというのは、これを実現するためのいい手法だと思います。それこそ大間知さんのキャリア、経験を十二分に生かしたお仕事ができるのではと思います。
ハードメーカー自らがソフトを制作する意義
大間知 私どものSACDのソフト作りは今から15年前にスタートしました。以後メジャーレーベルの139タイトル以上をすでにリリースしてきたわけです。こうした中でいろんな方々の協力を得てマスタリングを行ってきました。しかし、すべてのことで満足のいく、納得のいくものを作るためには、自分たちのスタジオで自分たちの求める音を作っていかなければならない。
藤岡 今回の新スタジオは大間知さんの情熱を表現するのに適しているのではと思います。これまでのエソテリック盤とどう変わっていくのか、注目も高いと思います。
大間知 マスタリングという作業はプロの世界の話だからと言って、あまり関心がなかった方も多いはずです。でも今回我々ハードメーカーが制作することによって、オーディオファンの皆さんにも音作りに関してかなり理解していただけるようになると思います。
藤岡 そこなんですよ。ハードメーカーがソフトに深くかかわるという点で、今回のマスタリング・センターの設立は非常に存在意義がある。エソテリックに限らず、ハードを作るすべてのメーカーでやってもらえれば、オーディオはさらに楽しくなるのではと思います。
オーディオファンだけにターゲットが絞れる利点
大間知 それから誤解を招くとまずいのですが、我々はラジカセで音楽を聴くファンに向けてソフトを売っているわけではない。あくまでもハイエンドのオーディオファンに向けて作っているわけで、そういう意味ですべてのことをそこに集中できる。例えばメジャーレーベルの場合は、買ってくれるお客さんのために広範囲に間口を広げている。ラジカセで音楽を聴く人にもオーディオファンにもある程度納得していただけるように全方位で制作している。我々にはそういった気持ちはまったくないですから。
それから今は海外も含めて非常に多くのSACDプレーヤーが出ています。これはやはりいいソフトが出てきたということと関係があると思います。いい音のソフトがたくさん出てくれば、オーディオファンも確実に増えてきてくれると思います。
藤岡 本当にそう思いますし、そうあってほしいですね。3月には第1弾の3作品が出てきましたが、手ごたえはいかがでしょうか?
大間知 第1回目のマスタリングにふさわしい作品を集めました。やはり名演奏家なので、その当時に録音された時のエネルギーや鮮度、空間情報を最大限に引き出したいという想いがありました。そういう意味で選んだのがエルガーのチェロ協奏曲、それからマーラーの3番、1番という大編成のオーケストラ、あとポリーニのベートーヴェンのピアノ協奏曲全集。皆様一度や二度は聴かれた方が多いと思う名演奏です。LPやCDですでに持っている方もかなりいるのではないでしょうか。
藤岡 エソテリックのソフトのファンは年配の方が多く、そういった方々はLPで持っている人が多いかもしれないですね。僕はエソテリックのSACDはLPの音に近いと思っている。ですからLPの音を知っている方にも十分に満足していただけると思います。
大間知 音質面で最も大切にしているのは空間情報です。ホールの響き。これはクラシック音楽に関してはものすごく大事な要素です。マイクセッティングもさることながらどのホールで録音したのかも重要な要素になります。
これは単にマスタリングでエコー処理をして、付け足して擬似的な空間を出そうと思っても無理なのです。楽器から出た音だけでなくオーケストラの配列といったステージ上の空間表現、それからリスナーとオーケストラの間の空気感、さらにホール全体を包み込む空気感……。こういうものを正確に出すことがマスタリングでものすごく大事じゃないかと。だから人工的なエコーでごまかそうなんていうのは我々のマスタリングでは全然考えていません。つまりマスタリングでごまかしてはいけないということです。デジタルになっていろんなことができるようになりましたが、それをいい方向に使うかというのがマスタリングの腕でもあるわけです。
幸いにしてJVCにいた東野さんと一緒になって、こちらからいろんな要求を出しています。そういう意味ではこれからも第2弾、第3弾といいものを作っていけると思います。
それと同時にハードに関しては非常に良い機器を使っていらっしゃる方が多いので、絶対にこういう音が出せるはずだという想定のもとに、いい情報をマスタリングで記録して、皆さんに伝えていきたいと思います。
藤岡 オリジナルの音源は古いものも多く、ご苦労も多いと思いますが……
大間知 名盤と言われるマスターテープは古いものも多く、保存状態によっては、年数が経つと劣化が進むので、これからも良い状態のものを探して、エソテリックのSACDとして出して行きたいですね。
東野 貴重な作品が多いので、なるべく早く、多くの作品をエソテリックマスタリングでお届けしたいです。
アナログ電源への交換やラックなど、オーディオ的手法を惜しげもなく投入
藤岡 東野さんに訊きたいのですが、実際のマスタリングの作業としてJVCの時とはどのような違いがありますか?
東野 作業の流れは今までとあえて同じにしています。エソテリックのSACDのファンの方々が楽しみにされている音の傾向は崩すわけにはいきませんので。機材面を今回大幅にグレードアップできたことが大きな変化です。普段使用しているシステムだけでなくて、手作りのものも含めて、すべての機材に加藤さんの手が加えられています。ピラミックスに関しても電源以外にもあらゆる部分に手が入っています。
藤岡 そのあたりの機材のお話は加藤さんに伺った方がいいですね。
加藤 大間知さんのなかに「この演奏、ホール、録音はこう再現されるべきだ」「この当時はこういう楽器を使っているのだから、こういう響きがもっと出るはずなんだ」という思いがすごく明確なのです。ですから機材の方がしっかりと寄り添えないとその違いを出せない。大間知さんの要望をいかに明確に実現させていけるか、というのが僕の仕事だと思っています。
藤岡 機材はほとんどがGrandiosoですよね。D1X、C1X、G1Xというように連なっていますが、市販の製品とは少し違うのですか?
加藤 実はそうなんです。非常に微妙に変えていまして、写真であまり写してほしくないです(笑)。まず天板が開いているのと、サイドのパネルまで取ってしまっているのもあります。マスタリングのためだけにここに設置してあるので、例えばネジをなくしたり、シャーシ構造も結構いじっています。半導体関係に関してもD1Xが出て以降から進化している部分も少し足したりしています。
それから、SACDマスタリングの根幹になるMERGING社PyramixのAD/DAユニットは、内蔵されているスイッチング電源を使わずに、Grandiosoで使っているアナログ電源に変えています。ケーブル類もスタジオでは絶対にあり得ないようなグレードの電源ケーブルやクロックケーブル、デジタルケーブルを使っています。
ラックもオーディオファンが使うようなものをあえて選びました。インシュレーターは実は大間知さんの自宅の床に使っている無垢材(オークの300年もの)です。響きとエネルギー感がいちばん両立できるものを使っています。完全にオーディオファンの手法ですよね。
藤岡 改造しているとはいえ、基本的にエソテリックの民生品と同じものをマスタリングで使っているということは、すごく高度な評価につながっていくと思いますね。
加藤 従来からエソテリックのマスタリングの魅力は「民生機器の側からソフトを作っていく」というところにあったのですが、その作業が自分の陣地内に入ったことで、さらにやりたい放題できるようになりました。今まではJVCのスタジオ内のある一角に機材を置かせていただいていたので、普段の仕事に支障が出ない程度に何とかおさめなければいけなかったので。
大間知 機材の配置に余裕を持たせて空間を作ることもものすごく重要です。いろんな機材がぎっしりとラックにマウントされているような、そういったプロの制作現場では考えられないようなことをしています。
SACD制作のみに集中し、必要な機能以外はカット
東野 プロのスタジオですと、CDもSACDも配信用のハイレゾのWAVも作らなければならない。そういったものに全て対応しなければならないのですが、ここはエソテリックのSACDをマスタリングすることだけに特化しています。ですからその作業に必要のない機材を置かなくてもいいというメリットがあります。機材自体に関しても、例えばクロックのG1Xには民生用としていろんな機能が搭載されていますが、ここではマスタリング作業に必要な機能以外はすべてカットしてもらっています。
藤岡 今後の予定もお聞かせください。クラシック以外のジャンルも要望が多いのではないですか?
大間知 今後もヨーロッパのクラシックが中心になることは確かです。ドイツ・グラモフォン、デッカ、EMI、アルヒーフ、フィリップスなどの歴史的名盤です。これらは何種類もマスター盤が出てきていて、比較されるお客様が多いと思いますので絶対に手を抜けません。6月にはピリスの『ショパン/夜想曲全集』(グラモフォン)も発売されましたのでお楽しみください。もちろんジャズの名盤など他のジャンルにもチャレンジしていきたいと思います。
藤岡 オーディオファンは大注目ですね。ぜひとも実際に自宅のシステムでお楽しみください。ありがとうございました。
(提供:エソテリック)
本記事は『季刊・Audio Accessory vol.184』に加筆・修正を加えた完全版です
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