公開日 2022/09/29 06:50
【連載】佐野正弘のITインサイト 第25回
KDDI障害で注目「非常時ローミング」実現への高いハードル
佐野 正弘
今年7月2日から3日間にわたって続くこととなった、KDDIの大規模通信障害。全国の多くのユーザーに影響を与えたというのは記憶に新しいところだが、実はその後もKDDIは、短時間ながら8月24日と9月11日にも通信障害を起こしている。
そうしたこともあり、KDDIの大規模通信障害以降に要求が高まっているのが、非常時に他の携帯電話会社のネットワークに接続することで、通信を維持できるようにする「ローミング」の実現だ。
総務省は9月28日に、新たな有識者会議「非常時における事業者間ローミング等に関する検討会」の第1回会合を実施。通信障害のほか、自然災害や戦争など有事の発生時に、事業者間ローミングなどによって通信を維持する環境整備の検討を始めている。
中でも議論の中心となりそうなのが、110番・119番といった緊急通報の扱いである。緊急通報は非常時であっても欠かせないものだが、先のKDDIの大規模通信障害や、2011年の東日本大震災では、インフラへの影響が広範囲かつ長時間にわたって及んだため、長い間緊急通報ができない事態に陥り、大きな問題となっている。
だが、その緊急通報を事業者間ローミングで実現しようとすると、大きな課題となってくるのが「呼び返し」の実現だ。
実は、「事業用電気通信設備規則」によって、緊急通報を扱うには3つの機能が必要とされており、1つ目は基地局の設置場所を管轄する警察や、消防などの緊急機関に接続する機能、2つ目に携帯電話の位置情報を送る機能、そして3つ目が「回線保留または呼び返し、もしくはそれに順ずる機能を有すること」なのだ。
この呼び返しとは、要は緊急機関の側が、緊急通報をしてきた相手に折り返し電話をかけられるようにすることを指す。これは、いたずらでの通報を防止するだけでなく、緊急通報してきた人の無事を確認したり、正確な場所を確認したりする上でも必要とされているわけだ。
だが呼び返しを実現するには、緊急通報ができるだけでなく、緊急機関側が緊急通報をしてきた一般ユーザーに、一般回線を通じて電話をかけられるようにする必要がある。そのためには、技術的対応の複雑さが増し実現に時間がかかるのに加え、非常時ローミングを受ける側の通話トラフィックが大幅に増え、“共倒れ”となってしまう可能が出てくるなど、実現のハードルが大幅に高くなってくる。
実際今回の会合では、ローミングの仕組みを構築する側の携帯電話会社や、通信事業者の業界団体である一般社団法人の電気通信事業者協会(TCA)が、いずれも緊急通報期間への発信のみを実現するより、一般回線への発着信を実現する場合の方が、技術的ハードルが高いと主張。非常時ローミングの実現を急ぐ上でも、緊急通報への発信のみの実現を優先すべきとの意見が相次いだ。
一方で有識者からは、そうした仕組みの違いに理解は示しながらも、あくまで一般回線への発着信も含めた、完全な形でのローミング実現を目指すべきとの意見が多く出ていた。
携帯電話会社側も、いずれは完全な形でのローミングを実現したいとしている。現実問題として、実現に時間がかかってしまうことは確かなだけに、ある程度段階を踏んで、現実的な範囲でローミングを実現させていくための議論が求められることになるだろう。
だが、そこでもう1つ大きなハードルとなりそうなのが、緊急通報を受ける側の緊急機関側、つまりは警察、消防、海上保安庁の考え方である。
なぜなら、緊急機関側が「呼び返しが絶対に必要」という姿勢を変えなければ、そもそも緊急通報のみのローミング自体実現できなくなってしまうからだ。緊急機関からのヒアリングは今後実施されるようだが、その姿勢も非常時ローミングの早期実現に、非常に大きく影響することとなりそうだ。
ただ実は、非常時ローミングは特定地域での自然災害発生時などは有効に働く一方、先のKDDIの大規模通信障害のようなケースは、回避するのが非常に難しいことを忘れてはならない。なぜなら、ローミングが機能するのはあくまで、4GでいうところのHSS(Home Subscriber Server)など、コアネットワーク内で契約者やその位置情報などを管理する「加入者データベース」が機能していることが前提となるからだ。
一方でKDDIの大規模通信障害は、その加入者データベースに輻輳が起き正常に機能しなくなったことが、障害が長引いた原因の1つとなっている。そのような場合では、ローミング先の事業者がKDDIの加入者データベースにアクセスできず、緊急通報も実現できない可能性が高いことから、別の手段も必要となってくるだろう。
それゆえ、今回の会合でTCAは、事業者ローミング以外の仕組みについても検討を進め、その結果を公表している。具体的には、SIMを挿入しない状態で緊急通報の発信だけをできるようにする「SIMなし発信」、そしてSIMを2枚挿入して2つの回線を利用できる「デュアルSIM」の仕組みを生かし、携帯各社が他社から回線を借りて、緊急用の通信回線として有料で提供する「DUALeSIM」の2つだ。
だがSIMなし発信については、電話番号が分からず発信者を特定できないことから、呼び返しができないのはもちろん、いたずらでの発信や、複数台の端末を用いて緊急機関に集中攻撃することなどが懸念されるという。またDUALeSIMに関しては、対応端末が必要なことや、利用者に費用負担がかかることが課題となってくるようだ。
このように、実現に向けては難しい課題を多く抱えている非常時ローミングだが、通信障害や自然災害はいつ発生するか分からず、早期実現が求められているのも確かだ。
先の検討会では、2022年内に一定の方向性の取りまとめをする方針であるなど、議論の時間も限られているだけに、まずはいたずらに理想を追求して時間を費やすのではなく、必要最小限のローミングなどを早期に実現して、利用者に安心をいち早く提供するための議論に集中すべきではないかと、筆者は感じている。
期待される「非常時ローミング」の実現
そうしたこともあり、KDDIの大規模通信障害以降に要求が高まっているのが、非常時に他の携帯電話会社のネットワークに接続することで、通信を維持できるようにする「ローミング」の実現だ。
総務省は9月28日に、新たな有識者会議「非常時における事業者間ローミング等に関する検討会」の第1回会合を実施。通信障害のほか、自然災害や戦争など有事の発生時に、事業者間ローミングなどによって通信を維持する環境整備の検討を始めている。
中でも議論の中心となりそうなのが、110番・119番といった緊急通報の扱いである。緊急通報は非常時であっても欠かせないものだが、先のKDDIの大規模通信障害や、2011年の東日本大震災では、インフラへの影響が広範囲かつ長時間にわたって及んだため、長い間緊急通報ができない事態に陥り、大きな問題となっている。
だが、その緊急通報を事業者間ローミングで実現しようとすると、大きな課題となってくるのが「呼び返し」の実現だ。
実は、「事業用電気通信設備規則」によって、緊急通報を扱うには3つの機能が必要とされており、1つ目は基地局の設置場所を管轄する警察や、消防などの緊急機関に接続する機能、2つ目に携帯電話の位置情報を送る機能、そして3つ目が「回線保留または呼び返し、もしくはそれに順ずる機能を有すること」なのだ。
この呼び返しとは、要は緊急機関の側が、緊急通報をしてきた相手に折り返し電話をかけられるようにすることを指す。これは、いたずらでの通報を防止するだけでなく、緊急通報してきた人の無事を確認したり、正確な場所を確認したりする上でも必要とされているわけだ。
だが呼び返しを実現するには、緊急通報ができるだけでなく、緊急機関側が緊急通報をしてきた一般ユーザーに、一般回線を通じて電話をかけられるようにする必要がある。そのためには、技術的対応の複雑さが増し実現に時間がかかるのに加え、非常時ローミングを受ける側の通話トラフィックが大幅に増え、“共倒れ”となってしまう可能が出てくるなど、実現のハードルが大幅に高くなってくる。
実際今回の会合では、ローミングの仕組みを構築する側の携帯電話会社や、通信事業者の業界団体である一般社団法人の電気通信事業者協会(TCA)が、いずれも緊急通報期間への発信のみを実現するより、一般回線への発着信を実現する場合の方が、技術的ハードルが高いと主張。非常時ローミングの実現を急ぐ上でも、緊急通報への発信のみの実現を優先すべきとの意見が相次いだ。
一方で有識者からは、そうした仕組みの違いに理解は示しながらも、あくまで一般回線への発着信も含めた、完全な形でのローミング実現を目指すべきとの意見が多く出ていた。
携帯電話会社側も、いずれは完全な形でのローミングを実現したいとしている。現実問題として、実現に時間がかかってしまうことは確かなだけに、ある程度段階を踏んで、現実的な範囲でローミングを実現させていくための議論が求められることになるだろう。
大きなハードルとなり得る、緊急機関側の姿勢
だが、そこでもう1つ大きなハードルとなりそうなのが、緊急通報を受ける側の緊急機関側、つまりは警察、消防、海上保安庁の考え方である。
なぜなら、緊急機関側が「呼び返しが絶対に必要」という姿勢を変えなければ、そもそも緊急通報のみのローミング自体実現できなくなってしまうからだ。緊急機関からのヒアリングは今後実施されるようだが、その姿勢も非常時ローミングの早期実現に、非常に大きく影響することとなりそうだ。
ただ実は、非常時ローミングは特定地域での自然災害発生時などは有効に働く一方、先のKDDIの大規模通信障害のようなケースは、回避するのが非常に難しいことを忘れてはならない。なぜなら、ローミングが機能するのはあくまで、4GでいうところのHSS(Home Subscriber Server)など、コアネットワーク内で契約者やその位置情報などを管理する「加入者データベース」が機能していることが前提となるからだ。
一方でKDDIの大規模通信障害は、その加入者データベースに輻輳が起き正常に機能しなくなったことが、障害が長引いた原因の1つとなっている。そのような場合では、ローミング先の事業者がKDDIの加入者データベースにアクセスできず、緊急通報も実現できない可能性が高いことから、別の手段も必要となってくるだろう。
それゆえ、今回の会合でTCAは、事業者ローミング以外の仕組みについても検討を進め、その結果を公表している。具体的には、SIMを挿入しない状態で緊急通報の発信だけをできるようにする「SIMなし発信」、そしてSIMを2枚挿入して2つの回線を利用できる「デュアルSIM」の仕組みを生かし、携帯各社が他社から回線を借りて、緊急用の通信回線として有料で提供する「DUALeSIM」の2つだ。
だがSIMなし発信については、電話番号が分からず発信者を特定できないことから、呼び返しができないのはもちろん、いたずらでの発信や、複数台の端末を用いて緊急機関に集中攻撃することなどが懸念されるという。またDUALeSIMに関しては、対応端末が必要なことや、利用者に費用負担がかかることが課題となってくるようだ。
このように、実現に向けては難しい課題を多く抱えている非常時ローミングだが、通信障害や自然災害はいつ発生するか分からず、早期実現が求められているのも確かだ。
先の検討会では、2022年内に一定の方向性の取りまとめをする方針であるなど、議論の時間も限られているだけに、まずはいたずらに理想を追求して時間を費やすのではなく、必要最小限のローミングなどを早期に実現して、利用者に安心をいち早く提供するための議論に集中すべきではないかと、筆者は感じている。