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ガジェット 公開日 2023/03/30 10:10

空・宇宙・海中も通信エリアに、「非地上系ネットワーク」実現に向けた取り組みを追う

【連載】佐野正弘のITインサイト 第51回
Gadget Gate
佐野正弘
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米アップルの「iPhone 14」シリーズが、衛星通信を活用したSOSメッセージの送信機能を搭載。さらに、実業家のイーロン・マスク氏らが設立した米Space Exploration Technologies(スペースX)が、低軌道衛星群「Starlink」を用いた通信サービスの提供を日本でも開始するなど、2022年後半頃から衛星通信に対する注目が急速に高まっている。

スペースXは2022年10月より、日本で「Starlink」による通信サービスの提供を開始。月額1万円以下で衛星による高速通信が利用できることから人気を高めている

ある意味、5Gによるモバイル通信の高度化よりも注目されている衛星通信だが、人気の理由はやはりカバーエリアの広さだろう。衛星通信は空からエリアをカバーすることから、地上に基地局を設置できないような場所でも通信を実現できるのが大きな特徴となっている。

アップルがiPhone 14で衛星通信の活用に踏み切ったのも、面積が広大で全土をカバーするのが難しい米国ならではの事情が影響しているだろうし、KDDIがスペースXと提携し、Starlinkの衛星通信を光ファイバーの敷設が難しい離島や山間部などの基地局整備、災害発生時などに活用するという動きも衛星通信のエリアカバーの広さゆえといえる。通信は何より“つながる”ことが最重要視されるからこそ、衛星通信がより身近な存在となることに高い関心が寄せられているのだろう。

KDDIは2022年12月より、同社のモバイル通信ネットワークにStarlinkの活用を開始。光ファイバーの敷設が難しい離島や山間部のカバー、災害発生時の臨時エリア構築などへの活用を進めている

■衛星通信などを活用する非地上系ネットワーク「NTN」



そして実は現在、衛星通信などの活用により、地上だけにとどまらない場所にある移動体の通信を実現する仕組みが「NTN(Non Terrestrial Network/非地上系ネットワーク)」と呼ばれ、モバイル通信の分野でも重要性が高まりつつあるのだ。「Beyond 5G」、要は5Gの高度化やその次の世代の通信規格「6G」で、地上だけでなく空や宇宙、海など幅広い場所をカバーすることが求められていることがその背景にある。

空を例に挙げると、衛星通信の活用や地上から電波を飛ばすことなどで、飛行機からでもインターネット接続がある程度利用できるようになったが、実際に使ってみると通信速度が遅かったり、国際線では利用料が高かったりするなど不満を抱くことも少なくない。

だが、NTNで空でも地上に匹敵する高速通信が実現できれば、フライト中にストリーミング動画を視聴するくらいの高速通信ができるようになり、「フライト中はネットを我慢」というのが過去の常識となる可能性があるわけだ。

そのNTNの実現に向けて、注目されている取り組みの1つは、Starlinkのような低軌道衛星である。従来の衛星通信は、およそ3万6,000kmの高度を飛ぶ静止軌道衛星を使っていたが、低軌道衛星は高度が2,000km前後とより低いことから、一層の高速大容量、かつ低遅延の通信を実現しやすいのだ。

ただ、低軌道衛星は静止軌道衛星と違って常に動いているため、常に通信するには非常に多くの衛星を打ち上げる必要があることが課題とされてきた。しかしながら、Starlinkが数千もの衛星を打ち上げその課題をクリアしたことから、低軌道衛星の活用が急速に進みつつあるわけだ。

低軌道衛星は常に動き続けるため、常時通信を実現するには衛星を多数打ち上げ、「コンステレーション」と呼ばれる衛星群を構築する必要がある

実際、低軌道衛星を活用した通信サービスには多くの企業が参入を打ち出しており、代表的なところでいえば楽天モバイルが出資する米AST SpaceMobileや、ソフトバンクグループが出資する英OneWebなどが挙げられる。国内でも、日本電信電話(NTT)とスカパーJSATが合弁で設立したSpace Compassが、低軌道衛星の活用を打ち出し注目されているようだ。

また最近では、チップセットベンダーが衛星通信の活用に力を注ぐ動きが加速しており、実際米クアルコムは今年1月に、通信衛星事業を手掛ける米イリジウムと、衛星通信を用いてテキストメッセージのやり取りができる「Snapdragon Satellite」を、同社のチップセット「Snapdragon 8 Gen 2」に対応したデバイスに順次搭載していくことを発表。同様に台湾のメディアテックも、衛星通信に対応した「MT6825」を2月に公開している。

クアルコムは衛星通信を用いてテキストによるメッセージのやり取りができる「Snapdragon Satellite」を発表、今後ハイエンド向けの「Snapdragon 8 Gen 2」搭載機種で順次対応が進められるという

そしてもう1つ、空からのエリアをカバーする有力候補とされているのが、「HAPS(High Altitude Platform System)」である。これは、高度約20kmの成層圏を長期間飛行して上空から電波を飛ばし、広範囲をカバーする“空飛ぶ基地局”というべきもの。低軌道衛星より一層低いところを飛行するので、地上のスマートフォンとの直接通信を実現しやすい上、衛星と違って地上に着地させられることから、新しい通信方式への対応がしやすいなどのメリットがある。

HAPSは成層圏から地上に電波を射出して通信する仕組み。実現に向けた研究開発は世界的に進められており、「MWC Barcelona 2023」ではNTTグループと研究を進めているエアバスと、その子会社のAALTO社が展示していたHAPSの模型を展示して注目を集めた

HAPSは衛星通信と違い、実用化に向けたハードルが多いことから、まだ研究段階にとどまっている状況だ。ただ、その研究開発に向けた取り組みは積極的になされおり、実際HAPSの取り組みで先行するソフトバンクは、2020年に「HAPSアライアンス」を設立、多くの企業が参加してHAPSの利用促進に向けた取り組みを進めている。また、NTTも子会社のNTTドコモと、スカパーJSAT、そしてエアバスとHAPSの実用化に向けた研究を進めるなど、やはり積極的な取り組みを見せている。

これらの取り組みを見るに、空や宇宙での通信実現に向けては、着々と準備が進められていることが分かるが、一方で実現のハードルが一層高いとされているのが、もう1つの広大な領域である海中での無線通信だ。なぜなら海の中、ひいては水中においては、携帯電話で利用している周波数帯の電波がほとんど飛ばないからだ。

それゆえ、海中で通信するには全く別の手段を用いる必要があるのだが、ここ最近の研究事例を見ると、大きく2つのアプローチがなされているようだ。1つは音響通信、要は音波で通信する仕組みだ。

音波は、現在の海中無線通信で多く用いられているものであり、比較的長距離での通信が可能だが、高速化が難しく、とりわけ浅瀬ではノイズやマルチパス(反射波)の影響を受けて、通信の確立が難しいなどの課題を抱えている。

そこでNTTとNTTドコモ、NTTコミュニケーションズは2022年11月、そのマルチパスを取り除き、環境ノイズに対する耐性を向上させた受信回路を開発。水深30m程度の海域で海中音響通信技術を用いて、伝送速度1Mbps/300mの高速無線通信を実現して、映像のストリーミング再生を実現したとしている。

NTTのプレスリリースより。NTTグループ3社は浅い海域で高速通信が可能な音響通信技術によって、海中で伝送速度1Mbps/300mの高速無線通信を実現したと発表している

そしてもう1つは、光を用いた通信だ。レーザー光などを用いれば、海中でも高速通信が可能になるが、遠くに飛ばすのが難しく、またレーザー光は直進性が強いことから、発信する側と受信する側の軸がずれてしまうと通信ができなくなるといった課題がある。

そこでソフトバンクは、レーザー光と比べ軸のずれを強く意識する必要がない、光の明滅を用いて通信するOCC(Optical Camera Communication)を用いた水中での無線通信の研究を進めており、これを用いて水中でロボットを遠隔制御する実証実験に成功したことを今年3月に発表している。レーザー光と違って通信速度は遅いが、低速でも海洋産業での有効活用が期待される、海中IoT機器向け通信を早期に実現することに重きを置いて研究を進めているとのことだ。

ソフトバンクは光の明滅を用いた無線通信で、水中ロボットを遠隔制御する実証実験を実施。写真はその実証実験に用いられた水中ロボットで、右下に通信用のLEDが搭載されている

無論、これらの技術はいずれも研究途上のもので、我々が海に潜って快適に無線通信ができるようになるには、まだ相応の時間がかかるだろう。だが6Gに向けて、通信できないエリアを着実に減らす取り組みが進みつつあることはたしかで、10年、20年後にはどのような場所にいても“圏外”を目にすることがほぼなくなるかもしれない。

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