公開日 2024/08/08 10:55
ミュンヘン・ハイエンド探訪記(2) 哲学者クロサキが見た世界最高峰のオーディオショウ【ホーンスピーカー編】
マルチアンプで駆動するLINNもレポート
カント哲学者であり、オーディオをこよなく愛する黒崎政男氏が今年5月に開催された「ミュンヘン・ハイエンド」に初参加。最先端のオーディオショウで出会った印象的なサウンドをレポートする本企画、2回目の今回は、黒崎氏も夢中になった「ホーンスピーカー」と「マルチアンプ」の最新事情をお届けする(真空管アンプを中心に紹介した第1弾はこちら)。
形状が目立つからかもしれないが、このオーディオショーでは、ホーンスピーカーを至るところで見つけた。巨大すぎるホーンスピーカー(と言っていいのだろう)が人々を圧倒している。
いったいこれはなんなのだ。ジェット飛行機のエンジンではないか、と思われるほどの大きさと形状である。
どんな場所で使うことになるのだろうか。巨大屋外会場などで使用するのだろうか。しかし、この広さ大きさだと各ユニット間の位相を合わせるのはとてもたいへんだろうと思われる。「音は?」と思ったが、この超巨大システムの前に座って聴く、という気持ちにはまったくならずに、なんだか、這々(ほうほう)の体で逃げ出してしまった。
しかし、このような巨大ホーンスピーカーは、この一社だけではなかった。会場を歩いていくと、なにやらすごく濃い化粧の感じの音が前のほうからしてくる。なんだろう、またちょっと凄そう、と思うと、見えてきたのがこれ。
このホーンの大きさに、またもや圧倒されたが、なにやら、向きあってじっくり私に入ってくるオーディオの音、という世界とはまったく別の世界の音である。正面に行ってみると、雰囲気がさらにすごかった。
これはもはやなんだか違うだろう。見かけ競争の巨大化の果て、と思えた。しかし、こんなものすごいものは、この世界最大で最先端のオーディオショウでなければ、決してお目にかかることはないだろう、とも思った。ミュンヘンに来てみればこそ、である。
ホーンスピーカー&マルチアンプシステムについては、私のオーディオ歴のなかでも、とても夢中になっていた時期があった。ホーンスピーカーから飛び出してくる、スピード感あふれる力強く清明な音。アンプとスピーカの間にコイルやコンデンサーを挟まず、直接駆動するマルチアンプの力感溢れる音。
この魅力に取り憑かれていた時期は、ほぼ必然的に、チャンネル・ディバイダーを使ったマルチ・アンプシステムになってしまう。使う帯域を狭く取った方がよいように思われ、2way(低域とそれ以上)から3way(低中高)まではすぐに到達する。そこから、中域を、低中域と高中域に分離する4wayまでいってしまうと、もう病膏肓(やまいこうこう)に入る段階になる。余暇でオーディオをやっているのか、オーディオをしている合間に人生を送っているのか、かなり怪しくなる。
これはチャンネル・ディバイダーがアナログ時代だったころの奮闘記録だ。クロスオーバーを何Hzにするのか、また複数のスピーカー(ドライバー)を使用するので、その位相調整はどうするか、などなど、自分の耳だけを頼りに調整するのはほぼ限界に近い挑戦だったように思う。
音色はきわめて魅力的だったが、音像は巨大になりすぎ、また音像定位というものが、とても難しかった。だから、ヴァイオリン独奏やアルトサックス一本の音色を味わう、というレコードばかり聴いていたように思う。
私のこの狂気に近いまでのマルチアンプ&ホーンスピーカーとの戦いは、まだオーディオの世界がデジタル・テクノロジーによって書き換えられてしまう以前のアナログ時代の話である。
今日では、デジタル・テクノロジーが、ホーンスピーカー&マルチアンプのクロスオーバーや位相の問題を解決しており、すばらしい進展を見せてくれている。
マルチアンプ・ホーンスピーカー・システムに悪戦苦闘した暗い過去を持つ私にとって、だから、ミュンヘン・ハイエンドの次の2ブースは印象深いものがあった。一つは、ホーンスピーカーのアヴァンギャルドであり、もう一つはマルチアンプシステムのLINNである。
ミュンヘンのオーディオショーの話に戻ろう。かなり個性的なホーンスピーカーをいくつか見たので、ホーンスピーカーを使ったオーディオはやはり難しいのか……漠然とそう思いながら歩いていると、アヴァンギャルドのコーナーにさしかかった。
魅力的な音が鳴っている。ほんとに自然でリアリティが高く、耽溺してしまうような音だ。ホーンスピーカーのさまざまな困難を解決して、こうして鳴っているのだろうか。
音場と定位はどうだろう。中央の席に移動して座って試聴してみるがまったく問題ない。音像は大きくなさすぎないし、ヴォーカルの位置もジャストピンポイントで決まっている。ホーンスピーカーの音が豊穣で輝きに満ちている。
「MEZZO」という名前(おそらく中間、というニュアンスだろう)がついているので、最上位機種ではないのだろう。このメーカーのウェブサイトでこの機種を調べてみる。こうあった。
「私たちがMEZZO G3 をデザインするにあたっては、前世紀(20世紀)の伝説的諸製品から大きな示唆を受けている。強力なウーファーと中域&高域のホーンスピーカー。この組み合わせは時代を超えた魅力を持っている。これらの伝統的コンセプトを、最新の技術的可能性を使いながら現代にもたらすことにある。“最上の過去”にインスパイアされて」
つまり、私がアナログテクノロジーでは達成することができなかった正確さと精密さを、このメーカーでは「デジタル・クロスオーバー」など、最先端のデジタルテクノロジーを援用して達成していたわけである。
私はどこかで、20世紀前半の最古のオーディオこそ最高のものたちだ、と思っているところがある。それは、戦前のウェスタン・エレクトリックの諸システムや、その流れを汲んだスピーカーたち、などをイメージしている。
アヴァンギャルドのこの製品は、私と同じ思いを、最先端のデジタル・テクノロジーで現代に実現化したものだ、と知ってとても嬉しくなった。
もうひとつの印象的だったブースはこのLINNのシステム。
LINNは従来、常にコンパクトでシンプルな外見をしており、「こけおどしのなさ」が大きな魅力だった。しかし、この大仰な姿はいったいどうしてしまったのだ。このファーストインプレッションは、しかし、音が鳴ると、もうどうでもよくなった。
ピアニッシモの静謐な音から爆音のようなオケのトゥッティのフォルテシモがまったく自然に繋がって鳴る。注目したいのは、表現する音場の広さ、自然さである。過去の演奏をリアルに再現している、というよりは、もはや<いまここに>ひとつの空間を創造してしまっている。前に歩いていったら、そのまま楽器と楽器の間に入り込めてしまうのでは、と錯覚してしまうほどだった。
6台の大きなパワーアンプでこの「360 PWAB」というスピーカーを鳴らすが、低域部は内蔵アンプでアクティブに駆動されるので、結局は4wayマルチアンプスピーカーということになる。
巨大さも、とんでもない価格ももうどうでもいい、とさえ感じる。人類が、音楽を再生する装置は、エジソンの蓄音器からはじまって約150年。この期間に、再現テクノロジーはついにこの次元にまで到達してしまったのである。
>>>ミュンヘン・ハイエンド探訪記(3)に続く
ホーンスピーカー花盛り。ジェット機のエンジンのような巨大ホーンも
形状が目立つからかもしれないが、このオーディオショーでは、ホーンスピーカーを至るところで見つけた。巨大すぎるホーンスピーカー(と言っていいのだろう)が人々を圧倒している。
いったいこれはなんなのだ。ジェット飛行機のエンジンではないか、と思われるほどの大きさと形状である。
どんな場所で使うことになるのだろうか。巨大屋外会場などで使用するのだろうか。しかし、この広さ大きさだと各ユニット間の位相を合わせるのはとてもたいへんだろうと思われる。「音は?」と思ったが、この超巨大システムの前に座って聴く、という気持ちにはまったくならずに、なんだか、這々(ほうほう)の体で逃げ出してしまった。
しかし、このような巨大ホーンスピーカーは、この一社だけではなかった。会場を歩いていくと、なにやらすごく濃い化粧の感じの音が前のほうからしてくる。なんだろう、またちょっと凄そう、と思うと、見えてきたのがこれ。
このホーンの大きさに、またもや圧倒されたが、なにやら、向きあってじっくり私に入ってくるオーディオの音、という世界とはまったく別の世界の音である。正面に行ってみると、雰囲気がさらにすごかった。
これはもはやなんだか違うだろう。見かけ競争の巨大化の果て、と思えた。しかし、こんなものすごいものは、この世界最大で最先端のオーディオショウでなければ、決してお目にかかることはないだろう、とも思った。ミュンヘンに来てみればこそ、である。
アナログのチャンデバに悪戦苦闘していた80年代
ホーンスピーカー&マルチアンプシステムについては、私のオーディオ歴のなかでも、とても夢中になっていた時期があった。ホーンスピーカーから飛び出してくる、スピード感あふれる力強く清明な音。アンプとスピーカの間にコイルやコンデンサーを挟まず、直接駆動するマルチアンプの力感溢れる音。
この魅力に取り憑かれていた時期は、ほぼ必然的に、チャンネル・ディバイダーを使ったマルチ・アンプシステムになってしまう。使う帯域を狭く取った方がよいように思われ、2way(低域とそれ以上)から3way(低中高)まではすぐに到達する。そこから、中域を、低中域と高中域に分離する4wayまでいってしまうと、もう病膏肓(やまいこうこう)に入る段階になる。余暇でオーディオをやっているのか、オーディオをしている合間に人生を送っているのか、かなり怪しくなる。
これはチャンネル・ディバイダーがアナログ時代だったころの奮闘記録だ。クロスオーバーを何Hzにするのか、また複数のスピーカー(ドライバー)を使用するので、その位相調整はどうするか、などなど、自分の耳だけを頼りに調整するのはほぼ限界に近い挑戦だったように思う。
音色はきわめて魅力的だったが、音像は巨大になりすぎ、また音像定位というものが、とても難しかった。だから、ヴァイオリン独奏やアルトサックス一本の音色を味わう、というレコードばかり聴いていたように思う。
私のこの狂気に近いまでのマルチアンプ&ホーンスピーカーとの戦いは、まだオーディオの世界がデジタル・テクノロジーによって書き換えられてしまう以前のアナログ時代の話である。
今日では、デジタル・テクノロジーが、ホーンスピーカー&マルチアンプのクロスオーバーや位相の問題を解決しており、すばらしい進展を見せてくれている。
マルチアンプ・ホーンスピーカー・システムに悪戦苦闘した暗い過去を持つ私にとって、だから、ミュンヘン・ハイエンドの次の2ブースは印象深いものがあった。一つは、ホーンスピーカーのアヴァンギャルドであり、もう一つはマルチアンプシステムのLINNである。
デジタル・テクノロジーでホーンスピーカーが現代的に!
ミュンヘンのオーディオショーの話に戻ろう。かなり個性的なホーンスピーカーをいくつか見たので、ホーンスピーカーを使ったオーディオはやはり難しいのか……漠然とそう思いながら歩いていると、アヴァンギャルドのコーナーにさしかかった。
魅力的な音が鳴っている。ほんとに自然でリアリティが高く、耽溺してしまうような音だ。ホーンスピーカーのさまざまな困難を解決して、こうして鳴っているのだろうか。
音場と定位はどうだろう。中央の席に移動して座って試聴してみるがまったく問題ない。音像は大きくなさすぎないし、ヴォーカルの位置もジャストピンポイントで決まっている。ホーンスピーカーの音が豊穣で輝きに満ちている。
「MEZZO」という名前(おそらく中間、というニュアンスだろう)がついているので、最上位機種ではないのだろう。このメーカーのウェブサイトでこの機種を調べてみる。こうあった。
「私たちがMEZZO G3 をデザインするにあたっては、前世紀(20世紀)の伝説的諸製品から大きな示唆を受けている。強力なウーファーと中域&高域のホーンスピーカー。この組み合わせは時代を超えた魅力を持っている。これらの伝統的コンセプトを、最新の技術的可能性を使いながら現代にもたらすことにある。“最上の過去”にインスパイアされて」
つまり、私がアナログテクノロジーでは達成することができなかった正確さと精密さを、このメーカーでは「デジタル・クロスオーバー」など、最先端のデジタルテクノロジーを援用して達成していたわけである。
私はどこかで、20世紀前半の最古のオーディオこそ最高のものたちだ、と思っているところがある。それは、戦前のウェスタン・エレクトリックの諸システムや、その流れを汲んだスピーカーたち、などをイメージしている。
アヴァンギャルドのこの製品は、私と同じ思いを、最先端のデジタル・テクノロジーで現代に実現化したものだ、と知ってとても嬉しくなった。
<いまここに>もうひとつの空間を創造するLINN
もうひとつの印象的だったブースはこのLINNのシステム。
LINNは従来、常にコンパクトでシンプルな外見をしており、「こけおどしのなさ」が大きな魅力だった。しかし、この大仰な姿はいったいどうしてしまったのだ。このファーストインプレッションは、しかし、音が鳴ると、もうどうでもよくなった。
ピアニッシモの静謐な音から爆音のようなオケのトゥッティのフォルテシモがまったく自然に繋がって鳴る。注目したいのは、表現する音場の広さ、自然さである。過去の演奏をリアルに再現している、というよりは、もはや<いまここに>ひとつの空間を創造してしまっている。前に歩いていったら、そのまま楽器と楽器の間に入り込めてしまうのでは、と錯覚してしまうほどだった。
6台の大きなパワーアンプでこの「360 PWAB」というスピーカーを鳴らすが、低域部は内蔵アンプでアクティブに駆動されるので、結局は4wayマルチアンプスピーカーということになる。
巨大さも、とんでもない価格ももうどうでもいい、とさえ感じる。人類が、音楽を再生する装置は、エジソンの蓄音器からはじまって約150年。この期間に、再現テクノロジーはついにこの次元にまで到達してしまったのである。
>>>ミュンヘン・ハイエンド探訪記(3)に続く