公開日 2014/10/18 16:07
<音展>山之内正の「音展」基調講演レポート - “ハイレゾの聴きどころ” とは?
ハイレゾ盛り上がりの背景から課題まで
「オーディオ・ホームシアター展2014(音展)」が、10月17日より東京・台場の「TIME 24」で開催中だ。会場では、ライブイベントや工作教室など、日替わりで様々な催しを行っている。
本記事では、初日17日に開催された評論家・山之内正氏の基調講演「世界の最新ハイレゾ事情」の模様をレポートする。本講演では、弊社刊行誌や当サイトで活躍中の評論家・山之内 正氏が登壇し、ハイレゾが立ち上がった背景から、“ハイレゾの聴きどころ”の考察、さらに“ハイレゾスペックの数値競争”を含めた現状の課題にまで切り込んだ。
なお、既報の通り、今年のオーディオ・ホームシアター展は「ハイレゾ」をイベントの全体テーマに掲げている。毎年設置される“協会テーマブース”でも「ハイレゾ」を軸とした展示を行うなど、ハイレゾならではの楽しみ方を広くアピール中だ。本講演の冒頭では日本オーディオ協会の校條会長が登場し、「ハードとソフトの両面から“ハイレゾ”の最新の姿に迫るオーディオ協会ならではの催しを通して、多くのみなさまに新しい情報を届けたい」と挨拶した。
■ハイレゾのいま
これまで当サイトでもお伝えしてきているが、国内における“ハイレゾの定義”には、JEITAが発表した「ハイレゾ音源の定義」と日本オーディオ協会が発表した「ハイレゾ再生機器の定義」の大きく2つがある。各定義の詳細については、以下記事をご参照頂きたい。
●44.1kHz/24bit以上は「ハイレゾ」 − JEITAがハイレゾの定義
http://www.phileweb.com/news/audio/201403/27/14299.html
●日本オーディオ協会の“ハイレゾ”定義、スペック表記40kHz以下でも認める場合も
http://www.phileweb.com/news/audio/201406/18/14596.html
山之内氏は本講演にて、後者のオーディオ協会が発表した「ハイレゾ再生機器の定義」について、「ハイレゾ対応を満たす条件として、96kHz/24bit以上と具体的な数値を示したことには意義があると思います。なお、周波数帯域は40kHz以上への対応とされていますが、高域の特性について少しずつ下がっていきながら実際に信号自体は伸びていることを考慮して、必ずしもこの数値にはこだわらないという判断がされています」と補足を行った。本件について同氏は、以前に当サイトでも見解を語っているので、ぜひこちらも参照されたい(→オーディオ協会「ハイレゾ」定義の意義とは?)。
■ハイレゾが盛り上がってきた背景
山之内氏は、まずハイレゾのこれまでを簡単に解説した。そもそもハレイゾが出てきた背景としては、CD誕生から30年を経て録音技術が進化しマスターが多様化したことと、iPod登場以降における音楽再生環境の変化が挙げられる。「音楽データを直接再生するハードウェアが普及し、ディスクを使わないデータ再生方法が急速に拡大しました。今やPCを音楽再生プレーヤーとして使うのは当たり前になっていますね。このスタイルは、オーディオの世界に大きな変化をもたらしました」。
「2007年にリンがネットワークプレーヤーKLIMAX DSを発表し、ほぼ同時期にリンレコーズでハイレゾ音源“STUDIO MASTER”の販売がスタートしています。音楽データを直接再生する提案を、ハイエンドオーディオの世界で行ったわけです。その後、各社からネットワークプレーヤーが登場し、PCで再生した音源をアナログ信号に変換するためのUSB-DACも急速に普及していきました」と、ハイエンドオーディオユーザーに向けたハイレゾの配信および再生機器が登場し、現在に至る流れを振り返った。
■山之内氏が解説する、ハイレゾ音源の聴きどころ
続いて山之内氏は「ここからが今回のメインです」と、“ハイレゾ音源の聴きどころ”について語った。
おおまかには、ハイレゾのメリットとして「マスターと同等の情報量を持ち、CDでは失われがちなディティールや空間情報を正確に再現できること」「消え入るようなピアニシモや余韻の響きなど、微小信号の再現性が高いこと」「完全な静寂からフォルテシモまで強弱の幅が広く、階調表現のきめが細かいこと」などを挙げ、次のように考察を行った。
「当たり前ですが、人間の耳は形状に個人差があります。この耳介の形状を脳が学習し、耳の中で反射する音の位相をインプットして、聴こえる音を脳内で補正しているんですね。聴覚情報は脳が判断しているんです」。これにより「ハイレゾは、複雑な人間の耳の生理に働くもの」と同氏は語る。
「人間の可聴帯域は20Hz〜20kHzとされていますが、人間の耳は高域を20kHzの部分でスパッと切っているわけではありません。可聴帯域には個人差があります。また音の立体感といわれるものについては、視覚情報も利用したうえで脳が判断しているという面もありますので、周波数帯域の数字だけで聴こえ方が決まるものでもありません」。
ここから山之内氏は、自身の経験も踏まえ「精度の高い応答性と時間軸分解能の高さ=音の立ち上がり・立ち下がりの良さ」が、脳内で行われる音の補正に影響し、最終的な音楽の聴こえ方に大きく影響を及ぼすと説明する。
「私自身、楽器を弾くのですが、音自体の立ち上がりの良さで演奏の音色が決まることを実感しています。音楽の再生に関しても同じで、この立ち上がりの部分を正確に再現できるか否かが、その聴こえ方に大きく影響します。音の立ち上がり部分を、何らかの方法で大幅にカットしたり変形させた音楽を鳴らしたとしたら、聴いている側は何の楽器が鳴っているのかわからなくなると思います」。
一般的な話に置き換えても、「いま鳴っているのが何の音か」を脳が判断することで音楽の聴こえ方が変わる例はある。例えば、ピアノ演奏時の鍵盤に爪があたる音、ギター演奏時のフィンガーピッキング音などの場合、「音質の悪い録音でそれらが何の音かわからないときはただのノイズにしか聴こえないが、精度の高い音源で爪や指の音だとわかった途端、それらを音楽の一部として楽しめる」というようなことだ。
山之内氏は「CD以上の情報量を持つハイレゾは、この音の立ち上がりを多くの情報量を使って高精度で再現できるわけです。ハイレゾの聴きどころの肝はここにあると私は思っています」と語った。
なお、本講演の途中では特別ゲストとしてMERIDIANのボブ・スチュワート氏が登場し、山之内氏の語る「時間軸分解能の高さ」と共通した神経工学の側面から音楽の聴こえ方を解説する一幕も。さらに、その考え方を軸に同氏が考案した新技術「MQA」についても紹介が行われた。
■ネットワークとUSB、どちらがハイレゾ再生の主流になるのか?
続いてはCESやMIDEM、HIGH ENDやIFAなどの海外イベントで山之内氏がみた、世界のハイレゾ関連展示を写真付きで紹介。さらに、同氏がドイツで訪れた現地のハイレゾ録音シーンについても報告を行った。
なお現状でハイレゾを楽しむ方法として、ネットワーク再生とUSB再生が併存するが、山之内氏は本件についてもコメントしている。「ネットワーク再生とUSB再生のどちらが主流になるのか質問受けることも多いのですが、簡単に答えは出ません。どちらも活況で技術革新も進んでおり、続々と新製品も開発されています。また、ポータブルオーディオの世界でもハイレゾは伸びていますね」とし、「どちらが主流になるかということは現時点で一概には言えないのですが、私個人としては、おそらくあと数年のうちに大きな1つの流れに収束するのではないかと思っています」と語った。
■ハイレゾの課題 − 数値競争から離れること
最後に、山之内氏は現状の「ハイレゾの課題」についても触れた。「まず、PCの介在はネックですね。私としては、いずれPCを使わなくても済むことが普通になってほしいと思います。また、ハイレゾには複数のファイル形式があって複雑であり、ファイル自体の容量が大きいことも課題でしょう。これは普及の妨げになると思います」。
さらに、現状で議論されることが多い数値競争への懸念についても述べた。「ハイレゾ音源のクオリティはサンプリング周波数や量子化ビット数だけで測るものではなく、ハイレゾ再生機器のクオリティは再生周波数帯域などのスペックだけで決まるものではありません。それぞれの最大のリファレンスはライブ演奏であり、それと比べてどれくらい良い音で再現できているかどうかだと思います。ハイレゾの世界がこれから伸びていくためには、これらの数値競争からいったん離れることが大事だと思います」と講演を締めくくった。
(編集部:杉浦みな子)
本記事では、初日17日に開催された評論家・山之内正氏の基調講演「世界の最新ハイレゾ事情」の模様をレポートする。本講演では、弊社刊行誌や当サイトで活躍中の評論家・山之内 正氏が登壇し、ハイレゾが立ち上がった背景から、“ハイレゾの聴きどころ”の考察、さらに“ハイレゾスペックの数値競争”を含めた現状の課題にまで切り込んだ。
なお、既報の通り、今年のオーディオ・ホームシアター展は「ハイレゾ」をイベントの全体テーマに掲げている。毎年設置される“協会テーマブース”でも「ハイレゾ」を軸とした展示を行うなど、ハイレゾならではの楽しみ方を広くアピール中だ。本講演の冒頭では日本オーディオ協会の校條会長が登場し、「ハードとソフトの両面から“ハイレゾ”の最新の姿に迫るオーディオ協会ならではの催しを通して、多くのみなさまに新しい情報を届けたい」と挨拶した。
■ハイレゾのいま
これまで当サイトでもお伝えしてきているが、国内における“ハイレゾの定義”には、JEITAが発表した「ハイレゾ音源の定義」と日本オーディオ協会が発表した「ハイレゾ再生機器の定義」の大きく2つがある。各定義の詳細については、以下記事をご参照頂きたい。
●44.1kHz/24bit以上は「ハイレゾ」 − JEITAがハイレゾの定義
http://www.phileweb.com/news/audio/201403/27/14299.html
●日本オーディオ協会の“ハイレゾ”定義、スペック表記40kHz以下でも認める場合も
http://www.phileweb.com/news/audio/201406/18/14596.html
山之内氏は本講演にて、後者のオーディオ協会が発表した「ハイレゾ再生機器の定義」について、「ハイレゾ対応を満たす条件として、96kHz/24bit以上と具体的な数値を示したことには意義があると思います。なお、周波数帯域は40kHz以上への対応とされていますが、高域の特性について少しずつ下がっていきながら実際に信号自体は伸びていることを考慮して、必ずしもこの数値にはこだわらないという判断がされています」と補足を行った。本件について同氏は、以前に当サイトでも見解を語っているので、ぜひこちらも参照されたい(→オーディオ協会「ハイレゾ」定義の意義とは?)。
■ハイレゾが盛り上がってきた背景
山之内氏は、まずハイレゾのこれまでを簡単に解説した。そもそもハレイゾが出てきた背景としては、CD誕生から30年を経て録音技術が進化しマスターが多様化したことと、iPod登場以降における音楽再生環境の変化が挙げられる。「音楽データを直接再生するハードウェアが普及し、ディスクを使わないデータ再生方法が急速に拡大しました。今やPCを音楽再生プレーヤーとして使うのは当たり前になっていますね。このスタイルは、オーディオの世界に大きな変化をもたらしました」。
「2007年にリンがネットワークプレーヤーKLIMAX DSを発表し、ほぼ同時期にリンレコーズでハイレゾ音源“STUDIO MASTER”の販売がスタートしています。音楽データを直接再生する提案を、ハイエンドオーディオの世界で行ったわけです。その後、各社からネットワークプレーヤーが登場し、PCで再生した音源をアナログ信号に変換するためのUSB-DACも急速に普及していきました」と、ハイエンドオーディオユーザーに向けたハイレゾの配信および再生機器が登場し、現在に至る流れを振り返った。
■山之内氏が解説する、ハイレゾ音源の聴きどころ
続いて山之内氏は「ここからが今回のメインです」と、“ハイレゾ音源の聴きどころ”について語った。
おおまかには、ハイレゾのメリットとして「マスターと同等の情報量を持ち、CDでは失われがちなディティールや空間情報を正確に再現できること」「消え入るようなピアニシモや余韻の響きなど、微小信号の再現性が高いこと」「完全な静寂からフォルテシモまで強弱の幅が広く、階調表現のきめが細かいこと」などを挙げ、次のように考察を行った。
「当たり前ですが、人間の耳は形状に個人差があります。この耳介の形状を脳が学習し、耳の中で反射する音の位相をインプットして、聴こえる音を脳内で補正しているんですね。聴覚情報は脳が判断しているんです」。これにより「ハイレゾは、複雑な人間の耳の生理に働くもの」と同氏は語る。
「人間の可聴帯域は20Hz〜20kHzとされていますが、人間の耳は高域を20kHzの部分でスパッと切っているわけではありません。可聴帯域には個人差があります。また音の立体感といわれるものについては、視覚情報も利用したうえで脳が判断しているという面もありますので、周波数帯域の数字だけで聴こえ方が決まるものでもありません」。
ここから山之内氏は、自身の経験も踏まえ「精度の高い応答性と時間軸分解能の高さ=音の立ち上がり・立ち下がりの良さ」が、脳内で行われる音の補正に影響し、最終的な音楽の聴こえ方に大きく影響を及ぼすと説明する。
「私自身、楽器を弾くのですが、音自体の立ち上がりの良さで演奏の音色が決まることを実感しています。音楽の再生に関しても同じで、この立ち上がりの部分を正確に再現できるか否かが、その聴こえ方に大きく影響します。音の立ち上がり部分を、何らかの方法で大幅にカットしたり変形させた音楽を鳴らしたとしたら、聴いている側は何の楽器が鳴っているのかわからなくなると思います」。
一般的な話に置き換えても、「いま鳴っているのが何の音か」を脳が判断することで音楽の聴こえ方が変わる例はある。例えば、ピアノ演奏時の鍵盤に爪があたる音、ギター演奏時のフィンガーピッキング音などの場合、「音質の悪い録音でそれらが何の音かわからないときはただのノイズにしか聴こえないが、精度の高い音源で爪や指の音だとわかった途端、それらを音楽の一部として楽しめる」というようなことだ。
山之内氏は「CD以上の情報量を持つハイレゾは、この音の立ち上がりを多くの情報量を使って高精度で再現できるわけです。ハイレゾの聴きどころの肝はここにあると私は思っています」と語った。
なお、本講演の途中では特別ゲストとしてMERIDIANのボブ・スチュワート氏が登場し、山之内氏の語る「時間軸分解能の高さ」と共通した神経工学の側面から音楽の聴こえ方を解説する一幕も。さらに、その考え方を軸に同氏が考案した新技術「MQA」についても紹介が行われた。
■ネットワークとUSB、どちらがハイレゾ再生の主流になるのか?
続いてはCESやMIDEM、HIGH ENDやIFAなどの海外イベントで山之内氏がみた、世界のハイレゾ関連展示を写真付きで紹介。さらに、同氏がドイツで訪れた現地のハイレゾ録音シーンについても報告を行った。
なお現状でハイレゾを楽しむ方法として、ネットワーク再生とUSB再生が併存するが、山之内氏は本件についてもコメントしている。「ネットワーク再生とUSB再生のどちらが主流になるのか質問受けることも多いのですが、簡単に答えは出ません。どちらも活況で技術革新も進んでおり、続々と新製品も開発されています。また、ポータブルオーディオの世界でもハイレゾは伸びていますね」とし、「どちらが主流になるかということは現時点で一概には言えないのですが、私個人としては、おそらくあと数年のうちに大きな1つの流れに収束するのではないかと思っています」と語った。
■ハイレゾの課題 − 数値競争から離れること
最後に、山之内氏は現状の「ハイレゾの課題」についても触れた。「まず、PCの介在はネックですね。私としては、いずれPCを使わなくても済むことが普通になってほしいと思います。また、ハイレゾには複数のファイル形式があって複雑であり、ファイル自体の容量が大きいことも課題でしょう。これは普及の妨げになると思います」。
さらに、現状で議論されることが多い数値競争への懸念についても述べた。「ハイレゾ音源のクオリティはサンプリング周波数や量子化ビット数だけで測るものではなく、ハイレゾ再生機器のクオリティは再生周波数帯域などのスペックだけで決まるものではありません。それぞれの最大のリファレンスはライブ演奏であり、それと比べてどれくらい良い音で再現できているかどうかだと思います。ハイレゾの世界がこれから伸びていくためには、これらの数値競争からいったん離れることが大事だと思います」と講演を締めくくった。
(編集部:杉浦みな子)