公開日 2011/02/21 10:25
ソニーの“タイヤ”ヘッドホン「XB1000」のクラブ音楽以外への対応力は? − 高橋敦がレビュー
メタル/ジャズ/女性ボーカルとの相性はいかに!?
低音再生の極限を追求するソニーの“EXTRA BASS(エクストラベース)”シリーズ。その最新にして最上位のモデル「MDR-XB1000」が登場した。クラブに設置された巨大ウーファーを眼前にした濃厚な音場をリアルに再現するというその売り文句。キングサイズとの自称に文句の付けようのないその威容。注目せざるを得ないヘッドホンである。
しかし、「低音再生」「クラブ系」と言われると、それ以外のジャンルの音楽ファンにとってはその対応力の幅に一抹の不安を覚える部分もあるかもしれない。そこで今回はあえて主に他ジャンルの音源との相性をチェック。その対応力を検証してみることにした。
まずは本機のプロフィールを確認しておこう。
ドライバーユニットには、ダイナミック型として現時点で業界最大級の口径を誇る70mm振動板を搭載。重低音再生の源だ。
全体の構造はダイレクトバイブストラクチャーと呼ばれている。各所の隙間をなくして気密性を高め、振動板が生み出す空気振動を損失なく鼓膜に送り届けようということである。
そのために投入されたのが低反発ウレタンフォームのキングサイズイヤークッションだ。とにかく大きくて厚くて柔らかい。高級寝具のようにふかふかなこれが耳の周りにムニュッと密着する。なお、筆者はメガネ常用者であるが、それをものともせずに密着する。そして、密着しつつも不快ではない…どころかむしろ快感であるとさえ言いたくなる、異次元の装着感もポイントだ。
イヤークッションは本モデルの外観上の最大の特徴でもある。太いタイヤのような存在感を持つ物体が両耳に装着されるわけだから、そのインパクトは絶大。薄く仕上げられたバンドとの対比もそれをさらに強める。ケーブルも極太やカールコードにはせずにフラットタイプ。絡みにくくて扱いやすいのもうれしい。
では様々なジャンルの音源を聴いていこう。
まずは本機のホームであるコンテンポラリーなダンス・ポップス、Lady GaGa「Monster」。これは問答無用の説得力だ。大きく広がってそこから包み込んでくるような音場に、そのイヤークッションの感触とも重なる柔らかな重低音が躍動する。
特に音場描写は失礼ながら予想外の充実。何しろ広がりがあり、圧迫感や音像の密集感を感じさせない。これは他の音源でも期待できそうだ。
では次はやはり重低音の再現が求められる音源ということで、メタル系からMETALLICA「Enter Sandman」を試聴。こちらでも音場描写の良さはやはり際立つ。音像の立体的な重なりまでも感じさせ、ヘッドホンとしては最上級の音場感だ。特にこの曲を象徴するギターのクリーントーンによるアルペジオは、音場の中での立体感、音色自体の立体感、共に素晴らしい。
ディストーションギターのザクザク感は薄れて、歪みの粒の細かく柔軟な音色。これを良しとするかはそれぞれだろうが、気持ちよい音色ではある。歪みの厚みは完璧だ。
ベースとドラムスは、本来はもっとゴツゴツした感触がふさわしいだろうが、柔らかな音色になる。しかし、太さと重み、そして明瞭度で、その存在感を薄めさせない。
全体に暴れは抑えられて金属質の感触は薄れるが、厚みと音色の充実感は素晴らしい。メタリックではないがヘヴィでラウドだ。
次はジャズ・ピアノ・トリオの名盤、Bill Evans Trio「Waltz For Debby」だ。
冒頭、客席の話し声や食器の音が音場の背景となっているが、それをカチャカチャと安っぽい音ではなくて、落ち着きのある音で届けてくれる。変な表現だが、客のテーブルマナーが良くなったような印象だ。高域の落ち着きのおかげだろう。
そしてウッドベースである。モニター系のヘッドホンで聴くとゴリゴリと硬質なドライブ感が気持ちよいが、本機ではブォンブォンと柔軟に唸る太さ。前者を骨太とすれば、後者本機は肉厚。弦と指板の感触よりも胴の響きを引き出す。音像はどんと大きいが、音場が広いために飽和感や窮屈さは感じさせないのもポイントだ。
高域側は、こもった柔らかさではなく繊細な柔らかさ。ピアノの右手は優しく転がる。シンバルの少し荒い音色も穏やかにまとめて、耳に優しい音色として伝えてくれる。
実にリラックスした雰囲気で、まさに食事をとりながら楽し気に演奏に耳を傾けている感覚。うん、これもありだ。
最後に女性ボーカルをチェック。
やくしまるえつこ「ヴィーナスとジーザス」では、ウィスパーボイスのひとつの到達系を堪能できる。ブレスやリップノイズ、サ行などが全くノイジーではなく柔らかな倍音感を持つのが彼女の歌声の特長だが、本機の音調の柔らかさとのかけ算の結果はもう絶品。相性抜群だ。
鬼束ちひろ「守ってあげたい」の優しくも声量豊かな歌声は胸で響き音場を震わせるが、本機の場合はその音場が実に豊かなので、声の響きもさらに豊か。これも大満足。
さてどの音源を聴いても印象的だったのは、低音の充実はもちろんだがそれ以上に、豊かに包み込むように広がる音場感だ。本機はどの音源でもその音場感を提供してくれた。そういった意味では得手不得手はない。
とはいえやはり低音に振られたバランスではあるので鍵は、本機のその志向とあなたの好みが一致するかどうか、である。それが一致したのならば、本機は他で代わりの利かない相棒になってくれるはずだ。
高橋敦 プロフィール
埼玉県浦和市(現さいたま市)出身。東洋大学哲学科中退。大学中退後、パーソナルコンピュータ系の記事を中心にライターとしての活動を開始。現在はデジタルオーディオ及びビジュアル機器、Apple Macintosh、それらの周辺状況などに関する記事執筆を中心に活動する。また、ロック・ポップスを中心に、年代や国境を問わず様々な音楽を愛聴。 その興味は演奏や録音の技術などにまで及び、オーディオ評に独自の視点を与えている。
しかし、「低音再生」「クラブ系」と言われると、それ以外のジャンルの音楽ファンにとってはその対応力の幅に一抹の不安を覚える部分もあるかもしれない。そこで今回はあえて主に他ジャンルの音源との相性をチェック。その対応力を検証してみることにした。
まずは本機のプロフィールを確認しておこう。
ドライバーユニットには、ダイナミック型として現時点で業界最大級の口径を誇る70mm振動板を搭載。重低音再生の源だ。
全体の構造はダイレクトバイブストラクチャーと呼ばれている。各所の隙間をなくして気密性を高め、振動板が生み出す空気振動を損失なく鼓膜に送り届けようということである。
そのために投入されたのが低反発ウレタンフォームのキングサイズイヤークッションだ。とにかく大きくて厚くて柔らかい。高級寝具のようにふかふかなこれが耳の周りにムニュッと密着する。なお、筆者はメガネ常用者であるが、それをものともせずに密着する。そして、密着しつつも不快ではない…どころかむしろ快感であるとさえ言いたくなる、異次元の装着感もポイントだ。
イヤークッションは本モデルの外観上の最大の特徴でもある。太いタイヤのような存在感を持つ物体が両耳に装着されるわけだから、そのインパクトは絶大。薄く仕上げられたバンドとの対比もそれをさらに強める。ケーブルも極太やカールコードにはせずにフラットタイプ。絡みにくくて扱いやすいのもうれしい。
では様々なジャンルの音源を聴いていこう。
まずは本機のホームであるコンテンポラリーなダンス・ポップス、Lady GaGa「Monster」。これは問答無用の説得力だ。大きく広がってそこから包み込んでくるような音場に、そのイヤークッションの感触とも重なる柔らかな重低音が躍動する。
特に音場描写は失礼ながら予想外の充実。何しろ広がりがあり、圧迫感や音像の密集感を感じさせない。これは他の音源でも期待できそうだ。
では次はやはり重低音の再現が求められる音源ということで、メタル系からMETALLICA「Enter Sandman」を試聴。こちらでも音場描写の良さはやはり際立つ。音像の立体的な重なりまでも感じさせ、ヘッドホンとしては最上級の音場感だ。特にこの曲を象徴するギターのクリーントーンによるアルペジオは、音場の中での立体感、音色自体の立体感、共に素晴らしい。
ディストーションギターのザクザク感は薄れて、歪みの粒の細かく柔軟な音色。これを良しとするかはそれぞれだろうが、気持ちよい音色ではある。歪みの厚みは完璧だ。
ベースとドラムスは、本来はもっとゴツゴツした感触がふさわしいだろうが、柔らかな音色になる。しかし、太さと重み、そして明瞭度で、その存在感を薄めさせない。
全体に暴れは抑えられて金属質の感触は薄れるが、厚みと音色の充実感は素晴らしい。メタリックではないがヘヴィでラウドだ。
次はジャズ・ピアノ・トリオの名盤、Bill Evans Trio「Waltz For Debby」だ。
冒頭、客席の話し声や食器の音が音場の背景となっているが、それをカチャカチャと安っぽい音ではなくて、落ち着きのある音で届けてくれる。変な表現だが、客のテーブルマナーが良くなったような印象だ。高域の落ち着きのおかげだろう。
そしてウッドベースである。モニター系のヘッドホンで聴くとゴリゴリと硬質なドライブ感が気持ちよいが、本機ではブォンブォンと柔軟に唸る太さ。前者を骨太とすれば、後者本機は肉厚。弦と指板の感触よりも胴の響きを引き出す。音像はどんと大きいが、音場が広いために飽和感や窮屈さは感じさせないのもポイントだ。
高域側は、こもった柔らかさではなく繊細な柔らかさ。ピアノの右手は優しく転がる。シンバルの少し荒い音色も穏やかにまとめて、耳に優しい音色として伝えてくれる。
実にリラックスした雰囲気で、まさに食事をとりながら楽し気に演奏に耳を傾けている感覚。うん、これもありだ。
最後に女性ボーカルをチェック。
やくしまるえつこ「ヴィーナスとジーザス」では、ウィスパーボイスのひとつの到達系を堪能できる。ブレスやリップノイズ、サ行などが全くノイジーではなく柔らかな倍音感を持つのが彼女の歌声の特長だが、本機の音調の柔らかさとのかけ算の結果はもう絶品。相性抜群だ。
鬼束ちひろ「守ってあげたい」の優しくも声量豊かな歌声は胸で響き音場を震わせるが、本機の場合はその音場が実に豊かなので、声の響きもさらに豊か。これも大満足。
さてどの音源を聴いても印象的だったのは、低音の充実はもちろんだがそれ以上に、豊かに包み込むように広がる音場感だ。本機はどの音源でもその音場感を提供してくれた。そういった意味では得手不得手はない。
とはいえやはり低音に振られたバランスではあるので鍵は、本機のその志向とあなたの好みが一致するかどうか、である。それが一致したのならば、本機は他で代わりの利かない相棒になってくれるはずだ。
高橋敦 プロフィール
埼玉県浦和市(現さいたま市)出身。東洋大学哲学科中退。大学中退後、パーソナルコンピュータ系の記事を中心にライターとしての活動を開始。現在はデジタルオーディオ及びビジュアル機器、Apple Macintosh、それらの周辺状況などに関する記事執筆を中心に活動する。また、ロック・ポップスを中心に、年代や国境を問わず様々な音楽を愛聴。 その興味は演奏や録音の技術などにまで及び、オーディオ評に独自の視点を与えている。