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[連載]高橋敦のオーディオ絶対領域

【第184回】この素晴らしい吐息に祝福を!Just ear「Goddess Bless You」で “ブレスだけ” を聴きまくる

公開日 2017/03/31 10:00 高橋 敦
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例えば、僕がぱっと思いつくものだと花澤香菜「こきゅうとす」と、早見沙織「Installation」がそれに当たる。歌い始めるために吸い込む一呼吸だけではなく、そのもう一つ手前の呼吸までもが音源に収録されていることがポイントだ。

花澤香菜「こきゅうとす」

早見沙織「Installation」

歌い始めるための手前の一呼吸はどうしたところで必要なものだ。しかしそのさらに手前の一呼吸は、それがなくても歌い始めることはできる。歌い手が心身を準備するための深呼吸だとしても、それを残す形でミックスして音源に入れる必要はない。

絶対に必要なわけではないその呼吸が行われ、そして音源に残されている。ならばそれは意図的なものだろう。そんな理屈を積み重ねなくとも実際に曲を聴けば一聴瞭然、「これは狙って組み込まれているブレスだ」とわかるはず。

その上で、このふたつの呼吸の順序の違いも面白い。
「こきゅうとす」は、大きく吐いて、大きく吸って、歌い始める。
「Installation」は、吸って、吐いて、そこからもう一度すっと吸ってから歌い始める。

この順序が逆だったとしたら、どちらの曲の印象も少し違ったかもしれない。作曲編曲時点での指定か録音時のディレクションか。何にせよここにも意図があるはずだ。

なおこれらの曲は歌詞にも、「こきゅうとす」では、「短く深呼吸して一気に駆け上がる」「石灰のにおい 胸にいっぱい吸い込んで」のように、「Installation」では、「吸い込まれそうなきらめき」「息をする 息を呑む 生きるインスタレーション」のように、呼吸の様子や表現が盛り込まれている。

これらの曲が例えば、作曲→作詞→編曲→録音→ミックスという順序で行われていたとしたら、編曲以降ではその歌詞が意識されていたのかもしれない。そもそも曲名が「“こきゅう”とす」だったりするわけだし。

さて冒頭のブレスの面白い例ということでは、アニメ「トリニティセブン」EDテーマ曲の一つ「SHaVaDaVa in AMAZING♪」も挙げておきたい。劇中のキャラクター二人によるユニット、ユイレヴィの名義で声優の佐倉綾音さん村川梨衣さんが歌っているのだが、このディスクには基本形「SHaVaDaVa in AMAZING♪」の他に、レヴィ(佐倉さん)ソロ「SHaVaDaVa in AMAZING♪ (Shamanic Spell Form)」、ユイ(村川さん)ソロ「SHaVaDaVa in AMAZING♪ (Ark Symphony Form)」も収録。さらにその歌詞はそれぞれのキャラクターに合わせて部分的に変えてあったりもする。

結果として、基本は同じ曲に対して部分的に異なる歌詞の意味合いも含めて、異なるキャラクターがそれぞれのニュアンスを込めたブレスを吹き込んでおり、各バージョンのそれを聴き比べることができるという稀有な曲になっている。具体的な違いについてはここでは触れないが、興味を持った方は確認してみてほしい。

ブレス、その名手。椎名林檎。

曲の冒頭のブレスについて、もう少し語らせてもらおう。曲の頭のブレスは、ここまでに多くの例とその効果を連々と語ることができたことからも分かるように、特別に珍しい表現技法ではない。むしろありふれた手法と言って良いだろう。

しかしだからこそ、そのよくある手法を特に効果的に使いこなす歌い手、そのブレスにより多くの意味を込める「名手」の輝きは眩い。ここでは特にお二人をその代表として挙げさせてもらう。まずはこの記事の冒頭から紹介している椎名林檎さんだ。

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