公開日 2010/06/07 11:01
「クアトロン」の衝撃 − “液晶のシャープ”が起こした「50年ぶりの革命」の真価とは
山之内 正が技術と画質を徹底検証
シャープはこの7月から、4原色パネル「クアトロン」を搭載した「AQUOS クアトロン」を発売する。そのラインナップは3D対応モデルを含む3シリーズ10機種に及び、発表会では「4原色革命」を高らかに宣言した。同技術にかける同社の意気込みの強さは半端なものではない。
たしかに、本質的な画質改善に関わるこれだけ大きなブレイクスルーはそう滅多にあるものではない。ディスプレイ技術の進化に及ぼす影響は大きく、話題性も十分だ。北米ではひと足はやく導入されているが、日本では3Dモデルがラインナップに加わることもあり、「クアトロン」への注目度の高さは際立っている。
■来るべき3D時代を見越した「クアトロン」技術
放送の枠組みやハードウェアの形態が変わるときは技術のブレイクスルーを実現する絶好のチャンスだ。最近ではフルハイビジョンの導入やBDの登場が強力なトリガーになり、テレビの進化が一気に進んだことが記憶に新しい。
2010年最大のトリガーはいうまでもなく「3D」だ。明るさ、応答速度、コントラストなどディスプレイの基本性能をすべて改善しなければ「3D基準」をクリアできないため、各社とも性能向上にしのぎを削らざるを得ない。
そうした背景があるから、「3Dコンベンション」の様相を呈した年初のCES2010でシャープが4原色技術「クアトロン」を発表したとき、それが来るべき3D時代を視野に入れた技術革新であることは誰の目にも明らかだった。
だが、同技術の意味するところはそこにとどまるものではない。2D表示を含めてディスプレイ分野全体に波及するきわめて大きな革新であることが、今回の取材であらためて明らかになった。クアトロンが誕生した背景と画質メリットを探りながら、その理由を考えてみよう。
■4原色化はカラーテレビ誕生以来50年ぶりの大進化
AQUOS 3Dの新ラインナップは、4原色ディスプレイ時代の幕開けを告げる記念すべき製品群だが、実は4原色をはじめとする多原色表示の発想自体は新しいものではなく、シャープも長年にわたって研究してきた経緯がある。近年では60.5型の5原色ディスプレイの技術発表を行ったり、多原色でも消費電力を削減できる技術など、複数の研究成果を継続して発表してきた。今回の4原色技術はそうした研究の成果が実を結び、製品化に至ったものだ。
研究が開始されたのはかなり以前だが、実現には高精度な画素形成など障壁が多く、実現までに長い時間がかかったのである。ちなみに、カラーテレビはその誕生以来3原色をベースに作られてきたわけだから、今回の多原色化は50年ぶりの進化ということになる。
プリンターのインクの例からもわかるように、多原色化は色再現範囲の拡大に貢献する。「クアトロン」は、RGBにイエロー(Y)を加えることにより、黄色を中心に3原色では表現できない領域をカバーするとともに、緑の原色点を若干シフトすることによって、シアンの領域を拡大することにも成功している。
従来の3原色ディスプレイでは、赤と緑に含まれる黄色成分からイエローを作り出していたが、そのイエローと、Yを含む4原色フィルターで表示するイエローは純度が異なり、後者の方がより純粋な黄色を再現することが可能となる。
クアトロンのデモンストレーション映像では、ヒマワリなど鮮やかな黄色で従来との違いをアピールしていたが、そのほかにもゴールドの深みや金属の光沢感など、イエローの追加がもたらす色領域拡大の効果はさまざまな色に及んでいる。色数が増えるということは、それだけ色の階調が豊かに再現できることを意味し、ディスプレイの基本性能の一つである階調再現力においても、大幅な改善が期待できる。
■4原色化で明るさや精細感向上も同時に実現
4原色化を実現するとはいっても、単純にカラーフィルターを作り替えるだけでは高画質ディスプレイとして成立させることはできない。少なくとも画素構成の吟味、信号処理の最適化、バックライトのスペクトル調整など、いくつかの基本仕様を3原色ディスプレイとは異なる設計に変更する必要がある。
画素構成については4つの色を均等に配分するのではなく、RとBを大きめ、GとYをやや小さめに設定し、1つの画素を4つに細分化。さらに、それぞれの色のサブピクセルの面積を調整することによって、光効率の最大化を図っている。
4つに区切ることで、各画素のサブピクセル総数は3原色に比べて4/3倍に増える(622万→829万サブピクセル)。そこで増えた画素を利用して精細度の向上を狙う試みは、なかなかユニークな発想といえる。
今回の高精細化技術は、信号処理のプロセスに斜め線検出と組み合わせたサブピクセル制御を導入し、独自の高精細化処理を行うというものだ。具体的には輝度成分にスムージング処理を加えることにより、斜め線をよりなめらかに描写することが可能になる。高精細化は3D対応と並ぶ薄型テレビの次なる技術革新のテーマだが、今回の4原色化によるサブピクセル数の増大は、4K2Kの先駆けとなる技術とも捉えることができる。
■「クアトロン」をシャープ独自技術と組み合わせ約1.8倍の輝度向上を実現
3Dディスプレイの高画質化を実現するうえで重要なポイントの一つが明るさの改善だが、それについては複数の技術を掛け合わせることで従来比約1.8倍の輝度アップを達成した。後ほどくわしく紹介するように、LV3ライン(試作機)の映像は3D視聴時でも際立った明るさを見せていた。「3D映像は暗い」という先入観を払拭するパワー感ある映像を体験すると、なぜここまで明るくできたのか、大いに興味をひかれるはずだ。
輝度向上を実現した第一の要因は、“LED AQUOS”第1弾のLX1ラインで初めて採用された、UV²A搭載パネルによる開口率改善である。光が通る経路の遮蔽物(リブ、スリット)を排除することによる光利用効率の改善は約20%に及び、白のピークを伸ばして透明感の高い映像を実現していることはLX1で実証済みだ。さらに今回、Yを加えた4原色構成としたことにより、これまでのRGB 3原色のUV²A搭載パネルと比較しても1.2倍に及ぶ明るさ向上を実現した。
UV²A搭載パネルによる光利用効率の改善は輝度アップだけでなく省エネ性能の向上にも振り分けられるし、今回のように3Dパネルにも利用できる。3D表示に要求される性能を視野に入れて開発したのか、結果として3Dへの応用の道が開けたのかは定かではないが、いずれにしても用途が広い革新的技術であることは間違いない。
4原色化そのものがもたらす光利用効率の改善効果も大きい。色を増やし、画素を小さくしているのに明るくなるというのは少しわかりにくいのだが、実際の原理はそれほど複雑なものではない。既存のRGBにY純色のフィルターを加えることで、LEDバックライトが持つ黄色領域の光エネルギーを効率的に利用することができるため、最終的に光利用効率の改善を図ることが可能になる、というのがその理由だ。その改善幅は約20%にも及び、UV²Aの効果と合わせると1.4倍以上の輝度向上が実現する計算になる。
LV3ラインの輝度向上には以上の2つの技術に加え、駆動回路の最適化とバックライト制御の工夫がそれぞれ10%程度の改善効果を生んでおり、4つの技術を合わせた輝度アップは1.8倍に及ぶ。その結果、3Dメガネを通しても100cd/m²を上回るという高輝度を達成している。部屋を暗くせずに、2Dと同等の明るさの3D映像を楽しめるというシャープの主張は、決して誇張ではないのだ。
■「イエロー」を選んだ理由とは
ここまで4原色技術「クアトロン」の詳細を見てきたが、「なぜイエローなのか」という素朴な疑問が浮かんでくる。印刷で利用するマゼンタやシアンではなく黄色を選んだ理由だが、そこには主に2つの意味がある。
まずは、世の中に存在する色のなかで従来の3原色では再現が難しい領域をカバーすることを考えると、それはシアンとイエローに相当する。この2つの領域を拡大するとディスプレイで再現可能な色が増えることは、カラーチャートを見れば一目瞭然だ。
もう1つの理由は消費電力と密接に関わっている。実際にテレビ放送で使われている色の出現頻度を分析すると、シアンよりもイエローを選ぶ方が、色領域の拡大と消費電力の低減を両立しやすいのだという。
すでに紹介したように、今回はYの追加と同時にシアン領域の拡大も実現しているので、画質面では幅広い領域での色数の増大と純度の改善が期待できる。実際に見てみると、試作機段階とはいえ、その効果は目覚ましいものがあった。次のページでその画質をレポートしよう。
たしかに、本質的な画質改善に関わるこれだけ大きなブレイクスルーはそう滅多にあるものではない。ディスプレイ技術の進化に及ぼす影響は大きく、話題性も十分だ。北米ではひと足はやく導入されているが、日本では3Dモデルがラインナップに加わることもあり、「クアトロン」への注目度の高さは際立っている。
■来るべき3D時代を見越した「クアトロン」技術
放送の枠組みやハードウェアの形態が変わるときは技術のブレイクスルーを実現する絶好のチャンスだ。最近ではフルハイビジョンの導入やBDの登場が強力なトリガーになり、テレビの進化が一気に進んだことが記憶に新しい。
2010年最大のトリガーはいうまでもなく「3D」だ。明るさ、応答速度、コントラストなどディスプレイの基本性能をすべて改善しなければ「3D基準」をクリアできないため、各社とも性能向上にしのぎを削らざるを得ない。
そうした背景があるから、「3Dコンベンション」の様相を呈した年初のCES2010でシャープが4原色技術「クアトロン」を発表したとき、それが来るべき3D時代を視野に入れた技術革新であることは誰の目にも明らかだった。
だが、同技術の意味するところはそこにとどまるものではない。2D表示を含めてディスプレイ分野全体に波及するきわめて大きな革新であることが、今回の取材であらためて明らかになった。クアトロンが誕生した背景と画質メリットを探りながら、その理由を考えてみよう。
■4原色化はカラーテレビ誕生以来50年ぶりの大進化
AQUOS 3Dの新ラインナップは、4原色ディスプレイ時代の幕開けを告げる記念すべき製品群だが、実は4原色をはじめとする多原色表示の発想自体は新しいものではなく、シャープも長年にわたって研究してきた経緯がある。近年では60.5型の5原色ディスプレイの技術発表を行ったり、多原色でも消費電力を削減できる技術など、複数の研究成果を継続して発表してきた。今回の4原色技術はそうした研究の成果が実を結び、製品化に至ったものだ。
研究が開始されたのはかなり以前だが、実現には高精度な画素形成など障壁が多く、実現までに長い時間がかかったのである。ちなみに、カラーテレビはその誕生以来3原色をベースに作られてきたわけだから、今回の多原色化は50年ぶりの進化ということになる。
プリンターのインクの例からもわかるように、多原色化は色再現範囲の拡大に貢献する。「クアトロン」は、RGBにイエロー(Y)を加えることにより、黄色を中心に3原色では表現できない領域をカバーするとともに、緑の原色点を若干シフトすることによって、シアンの領域を拡大することにも成功している。
従来の3原色ディスプレイでは、赤と緑に含まれる黄色成分からイエローを作り出していたが、そのイエローと、Yを含む4原色フィルターで表示するイエローは純度が異なり、後者の方がより純粋な黄色を再現することが可能となる。
クアトロンのデモンストレーション映像では、ヒマワリなど鮮やかな黄色で従来との違いをアピールしていたが、そのほかにもゴールドの深みや金属の光沢感など、イエローの追加がもたらす色領域拡大の効果はさまざまな色に及んでいる。色数が増えるということは、それだけ色の階調が豊かに再現できることを意味し、ディスプレイの基本性能の一つである階調再現力においても、大幅な改善が期待できる。
■4原色化で明るさや精細感向上も同時に実現
4原色化を実現するとはいっても、単純にカラーフィルターを作り替えるだけでは高画質ディスプレイとして成立させることはできない。少なくとも画素構成の吟味、信号処理の最適化、バックライトのスペクトル調整など、いくつかの基本仕様を3原色ディスプレイとは異なる設計に変更する必要がある。
画素構成については4つの色を均等に配分するのではなく、RとBを大きめ、GとYをやや小さめに設定し、1つの画素を4つに細分化。さらに、それぞれの色のサブピクセルの面積を調整することによって、光効率の最大化を図っている。
4つに区切ることで、各画素のサブピクセル総数は3原色に比べて4/3倍に増える(622万→829万サブピクセル)。そこで増えた画素を利用して精細度の向上を狙う試みは、なかなかユニークな発想といえる。
今回の高精細化技術は、信号処理のプロセスに斜め線検出と組み合わせたサブピクセル制御を導入し、独自の高精細化処理を行うというものだ。具体的には輝度成分にスムージング処理を加えることにより、斜め線をよりなめらかに描写することが可能になる。高精細化は3D対応と並ぶ薄型テレビの次なる技術革新のテーマだが、今回の4原色化によるサブピクセル数の増大は、4K2Kの先駆けとなる技術とも捉えることができる。
■「クアトロン」をシャープ独自技術と組み合わせ約1.8倍の輝度向上を実現
3Dディスプレイの高画質化を実現するうえで重要なポイントの一つが明るさの改善だが、それについては複数の技術を掛け合わせることで従来比約1.8倍の輝度アップを達成した。後ほどくわしく紹介するように、LV3ライン(試作機)の映像は3D視聴時でも際立った明るさを見せていた。「3D映像は暗い」という先入観を払拭するパワー感ある映像を体験すると、なぜここまで明るくできたのか、大いに興味をひかれるはずだ。
輝度向上を実現した第一の要因は、“LED AQUOS”第1弾のLX1ラインで初めて採用された、UV²A搭載パネルによる開口率改善である。光が通る経路の遮蔽物(リブ、スリット)を排除することによる光利用効率の改善は約20%に及び、白のピークを伸ばして透明感の高い映像を実現していることはLX1で実証済みだ。さらに今回、Yを加えた4原色構成としたことにより、これまでのRGB 3原色のUV²A搭載パネルと比較しても1.2倍に及ぶ明るさ向上を実現した。
UV²A搭載パネルによる光利用効率の改善は輝度アップだけでなく省エネ性能の向上にも振り分けられるし、今回のように3Dパネルにも利用できる。3D表示に要求される性能を視野に入れて開発したのか、結果として3Dへの応用の道が開けたのかは定かではないが、いずれにしても用途が広い革新的技術であることは間違いない。
4原色化そのものがもたらす光利用効率の改善効果も大きい。色を増やし、画素を小さくしているのに明るくなるというのは少しわかりにくいのだが、実際の原理はそれほど複雑なものではない。既存のRGBにY純色のフィルターを加えることで、LEDバックライトが持つ黄色領域の光エネルギーを効率的に利用することができるため、最終的に光利用効率の改善を図ることが可能になる、というのがその理由だ。その改善幅は約20%にも及び、UV²Aの効果と合わせると1.4倍以上の輝度向上が実現する計算になる。
LV3ラインの輝度向上には以上の2つの技術に加え、駆動回路の最適化とバックライト制御の工夫がそれぞれ10%程度の改善効果を生んでおり、4つの技術を合わせた輝度アップは1.8倍に及ぶ。その結果、3Dメガネを通しても100cd/m²を上回るという高輝度を達成している。部屋を暗くせずに、2Dと同等の明るさの3D映像を楽しめるというシャープの主張は、決して誇張ではないのだ。
■「イエロー」を選んだ理由とは
ここまで4原色技術「クアトロン」の詳細を見てきたが、「なぜイエローなのか」という素朴な疑問が浮かんでくる。印刷で利用するマゼンタやシアンではなく黄色を選んだ理由だが、そこには主に2つの意味がある。
まずは、世の中に存在する色のなかで従来の3原色では再現が難しい領域をカバーすることを考えると、それはシアンとイエローに相当する。この2つの領域を拡大するとディスプレイで再現可能な色が増えることは、カラーチャートを見れば一目瞭然だ。
もう1つの理由は消費電力と密接に関わっている。実際にテレビ放送で使われている色の出現頻度を分析すると、シアンよりもイエローを選ぶ方が、色領域の拡大と消費電力の低減を両立しやすいのだという。
すでに紹介したように、今回はYの追加と同時にシアン領域の拡大も実現しているので、画質面では幅広い領域での色数の増大と純度の改善が期待できる。実際に見てみると、試作機段階とはいえ、その効果は目覚ましいものがあった。次のページでその画質をレポートしよう。