PW M3の音を聴いた印象はいかがでしたか
加納 スタジオでマイクを使って録音した時の「空気感」「ライブ感」を実にうまく表現していますね。これは楽器に近い音が鳴っていると思います。
PW 「楽器の音をいかに良い音で鳴らすことができるか」についても、モニタースピーカーの実力を測る上で重要な要素なんですね
加納 僕の場合は音楽を創る立場にいるので、リスナーの方々に聴いて楽しんでもらうことを常に意識しています。自分が録音する環境では、確かで間違いのない環境で聴いていないと自信を持って音楽をリスナーに届けることができなくなります。そこでコントロールルームのスピーカー環境については、スピーカーの性能をはじめ、鳴らす部屋の環境、スピーカーとの距離などにとても繊細になります。
普段何気なく聴いてしまうアコースティックギターの音には、実はものすごい重低音が含まれています。いわゆる「ハコ鳴り」と呼ばれるものです。人間の耳には聴こえていないようなすごい低音が、ギターのサウンドホールからあふれ出ています。これはマイクを立ててみるとはっきりわかりますが、あまり楽器にマイクを近づけ過ぎると吹かれてしまいます。このハコ鳴りがあからこそ、中高音の鳴りがしっかり土台に支えられて伝わってきて、全体として僕らがアコースティックギターの音だと思って聴く音になるわけです。アコースティックギターは録音するのに非常に難しい楽器だとも言えるわけですが、M3はハコ鳴りの空気感を的確に、ステレオ感とともに非常にうまく表現していますね。
PW ボーカルの再生能力についてはどうですか
加納 ボーカルを聴く際には、マイクとの距離感が表現できているかがとても大切だと思っています。2つのスピーカーの間にある、真中の定位感がとても良いと感じます。センターに来る音が非常に立体的に聴こえますね。僕は作品を創るにあたって、録音現場のスペース感に思い入れを込めているので、それがM3ではしっかりと再生されていると感じました。
PW GO-GO KING RECORDSのスタジオでは今、どんなモニタースピーカーを使っていますか
加納 現在はあるブランドの小さなパワードスピーカーをモニターとして使っています。その他にも、アメリカで活動していた頃からずっと使っている、ボーズの「Wave Radio/CD」使っています。このシステムは、ほぼミックスが出来上がった段階で活躍しています。これで聴く時点で、僕は「自分が何かをしながら聴いている時に、どういう風に聴こえているか」を確認しています。全体的にこのスピーカーから出ているところでの音像感で、自分がこだわったところが間違いなく創られているか、再生されているかを最終的に確認しています。つまり、自分が創った音楽が小さいスピーカーで聴いてもワクワクするかどうかということを確認しています。ただし、このような使い方をする際には、やはり再生能力が低いスピーカーだと自分の意図したものがとてもわかりにくくなってしまい、ものづくりの時点とのギャップが大きく開いてしまいます。WaveRadio/CDを愛用している理由は、良い意味で「指向性が甘い」再生装置でありながら、高い再生能力を持っているからと言えます。
PW GO-GO KING RECORDSのスタジオで、M3はどんなふうに活用できそうですか
非常に指向性がはっきりとあるスピーカーなので、できれば適当な場所に置いて使うというよりは、ステレオ感が良い雰囲気で出せているかどうかを確かめるモニターとして使えるといいなと思います。
PW 録音に携わる方々は、ラージモニターにどっしりと正対して音を決めているものだと思っていましたが、加納さんのようにユーザーの可能性、リスニング環境の可能性を広く捉えて、音づくりをされている方がいることに失礼ながらすごく驚きを感じました
加納 もちろんラージスピーカーでじっくりとモニタリングすることも大切だと考えています。でも一方で、ミュージシャンやアーティストの演奏に、一番最初の段階で触れるリスニングポイントにレコーディングエンジニアがいるわけですから、僕にとってすごく良い音楽だと感じられないものは、自信をもって送り出せないような感覚があります。自分が家でいざ、どんな環境で音楽を聴いているかを考えてみたら、ビールなどを片手にリラックスして聴いていることが多いんです。最終的にはそういう環境で聴いてもらう場合でも、僕が今回や作品の中でやりたかったことが出せているかどうかはすごく重要だと思います。
音楽自体には歌詞のメッセージ性など色々な表現の要素があると思いますが、やはり、音楽が聴く人たちの心を掻き立て、ワクワクさせる感情的なコミュニケーションができるのも大きな魅力です。創り手がぶつけた感情を、リスナーの人が受け止めてくれて、同じように心が動き、同調することができれば素晴らしいですね。確かにスペックや機械的な要素だけで音を語ることもできるとは思いますが、僕の場合は作品を媒介に、リスナーとのつながりを大事に考えるところが、技術者としてのレコーディングエンジニアだけでなく「プロデューサー」でありたいとこだわり続ける、一つの理由かもしれませんね。
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