今回、藤本氏が取り組んだ作品は、幅10m、高さ3mのラックに収められた、213台ものボーズ社製サウンドシステム「Wave
Music System」による巨大な音楽のインスタレーションである。冒頭でも触れたように、作品から聴こえてくるのはホワイトノイズなのだが、実際には1台1台のWave
Music Systemが異なる楽曲を再生しているのだ。事実、作品に近寄って、適当に選んだ1台のWave
Music Systemに耳を当ててみると、ささやくような音量ではあるが、どこかで聴き覚えのある楽曲が聴こえてくる。
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▲1台1台のシステムから異なる楽曲が再生され、展示スペース内をホワイトノイズが包み込む |
▲プレス記者会見に臨む藤本氏。作品の製作過程についても細かな解説を行った |
作品の製作過程を藤本氏にたずねたところ、事前にコンピューターでシミュレーションを行い、全体の音量が最大でも暗騒音に対し25dB程度になるように、それぞれのシステムの音量を設定しているのだという。展示会のテーマにもなっている「+/-(plus/minus)」には、一つ一つの音を足して行き、一つの塊となった音を作る作業と、反対に塊から一つ一つの音を削り取っていくという作業の両方を同時に見せ、現代社会における“ノイズ”と人との関係を表現しようとする創意がある。プレス招待日に開催された記者会見の中で、「ノイズ自体が作品なのか」という記者からの質問に対し、藤本氏は「現代生活において私たちはよく“ノイズを消したい”と言うが、本来“ノイズ”という音は存在しない。複数の音が幾重にも重なり合い、聴き手である人間がそれぞれの音を認識できなくなったときに“ノイズ”と判断される」と答え、“ノイズ”という音に対する独自の見解を打ち出した。なるほど、それぞれのWave
Music Systemは誰もが知っているアーティストの曲を再生している。しかし、213もの音を同時に聴かされると、それを音楽として判断することは不可能であることがわかる。
■「藤本由紀夫×Wave
Music System」展示作品完成への軌跡
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●Wave
Music Systemを収納するための、縦15マス×横15マスの巨大なラックが展示室に運び込まれた |
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●つづいて213台のWave
Music Systemが会場に到着 |
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●1台1台を開梱、電源ケーブルを配線しながらAVラックへ収納していく |
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●ラックへの設置も大詰めを迎えた |
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●AVラックへの収納を終えた後、今度は1台ずつ手作業でCDを読み込ませる |
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●Wave
Music Systemの壮大な“サウンド・オブジェ”が完成した |
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しばらくの間、作品から再生されるノイズに心を無にして向かい合っていると、やがて不思議なことが起こった。一瞬だが楽器の音やボーカルが聴き取れるようになったのだ。もちろんどのシステムが何の曲を演奏しているかまではわからないが、それぞれの音が確かに聴こえたのだ。藤本氏はこうも語っていた。「今後、私たちには塊となった情報から自分に必要なものだけを取り出す能力が要求されるようになってくるだろう。この社会の変化を、私はこの新しい作品を通じて表現したかった」
今回の藤本氏の展示から、非常に不思議で魅力的な体験を得ることができたように思う。普段、音に触れる機会は少なくないつもりだったが、単なる測定用の信号以上には考えたことのなかったホワイトノイズから、感性に訴えかけてくるメッセージを受けたことにより、その作品はあらためて“音”をじっくりと見つめ直すきっかけを与えてくれたように思う。 |