■ノイズキャンセリングヘッドホンが活躍するステージが広がっている
皆さんは、通勤の時にどんな機材で音楽を楽しまれているだろうか。ポータブルオーディオにも昨今はiPodなどが登場してバリエーションが大きく広がったが、その音質を最も大きく影響を及ぼすのは、何といってもヘッドホンであろう。このあたりは、ホームオーディオでスピーカーが音質決定の最も大きな役割を果たすことと同じだ。
ヘッドホンには密閉型とオープンエア型、インナーイヤー型とイヤーパッド型など、さまざまなタイプがあり、それぞれに用途と音質の持ち味が違うものだが、最近とみに認知度を増した新しい方式が、ノイズキャンセリングヘッドホンである。日ごろの通勤手段に電車を、とりわけ騒音が大きくなりがちな地下鉄を使っている方や、飛行機でたびたび出張される方などにとって、周囲の騒音を効果的に遮断してくれるノイズキャンセル機構は、一度使うと手放せなくものである。また、普通のヘッドホンで騒音の大きい場所で音楽を聴こうとすると音量を大きくせざるを得ないが、ノイズキャンセル機能付きであれば音量は小さくても快適なリスニングが楽しめるから、難聴のリスクも大幅に小さくすることができるのだ。
■独自のノイズキャンセル技術を開発・発展させてきたボーズの歩み
ノイズキャンセリングヘッドホンについては、ごく最近になって複数のメーカーから新製品が発売されたので、やもすれば新しいジャンルの製品と思われがちだが、アクティブタイプのノイズキャンセリングヘッドホンを早くから商品化し、市場を開拓してきたのがボーズである。同社は数年前からコンシューマー向けの商品展開を行っており、現行商品は既に第2世代のQuietComfort2に進化している。
このQuietComfort2には、源流となる製品が存在する。元々ボーズは航空機のパイロットたちの耳を守るため、独自の技術を活かして1970年代にアクティブノイズキャンセリングヘッドホンの基礎研究に着手したという経緯がある。軽量化の必要から遮音壁などがゼロに等しいコックピット内で、至近距離からジェットエンジンのノイズを浴びながら超音速で飛行するパイロットの耳にかかる負担は、想像を絶するものであるだろう。この航空機用ノイズキャンセリングヘッドホンは、依頼があってからほぼ10年、1980年代の半ばには第1号の開発を終え、そのプロトタイプが無給油世界一周を達成したVoyagerに供給されたというから、長い歴史を持つ技術という風にも言えそうだ。このような極限状態にある耳を守る技術と比べれば、地下鉄や旅客機内で快適に音楽を聴かせるコンシューマー商品の開発は、ボーズにとってさほどの難問でなかったことは、想像に難くない。 |
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▲ボーズのQuietComfort2は、外部の騒音をマイクでモニターし逆相信号で打ち消すという独自のノイズキャンセリング機能を搭載したヘッドホンとして、多くのオーディオファンから支持を受けるヒットモデルだ |
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■全米の“飛行機乗り”たちに愛される「Aviation
Headset」とは
ボーズのノイズキャンセリングヘッドホンについては、QuietComfort2のほかに、もう一つのシリーズ商品が存在する。軽飛行機やヘリコプターなどの乗務員、或いは個人パイロット向けに開発された、Aviation
Headsetシリーズである。個人パイロット向けと聞くと、かなり限定された市場のように感じられるかもしれないが、本国アメリカでは自家用軽飛行機のオーナーが多く、Aviation
Headsetシリーズの愛用ユーザーも圧倒的に多いのだという。このたび日本に初上陸を果たす新製品「Aviation Headset X(テン)」は、1980年代に発表された後、アメリカのユーザーにも育まれながら数々の改良を重ねてきたロングセラーの最新モデルである。
ちなみに、日本でも個人で航空機免許を所有する人の数はアメリカに次ぐ多さであるという。この中にもノイズキャンセリングヘッドホンのような商品を必要としている方は多いものと思われる。古くからオーディオマニアと自動車のエンスージアストには共通項が多いといわれるが、ひょっとしたら空に情熱を燃やす人も同様で、このページをお読みの方にも飛行機乗りの方がいるのではないだろうか。
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▲「Aviation
Headset X」は、ポータブルタイプとインストールタイプが選択できるとともに、コネクターは固定翼用/回転翼用、ケーブルはストレート/コイル、マイクはエレクトリック/ダイナミックと、それぞれ用途に合わせたタイプを選ぶことができる
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▲ヘッドフォンとコントロールモジュールが収納できる専用のキャリーバッグ
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▲ポータブルタイプのコントロールモジュール。L/Rのボリュームを個別に配置している
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▲インストールタイプのコントロールモジュールも選択することができる
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■Aviation
Headset Xを体験:「驚くほどの静寂と、クリアな再生能力」
ボーズの試聴室で初めて対面したAviation Headset Xは、いかにもプロ用という風貌の割に、あっけないくらい軽量であることにまず驚く。それもそのはず、見るからに頑丈なヘッドバンドは何とマグネシウム合金製なのだ。アルミより軽く丈夫だが加工・成型が難しく、完璧な仕上げを施さないと酸素と反応してたちまち劣化するという、技術とコストを要する素材である。軽量化の恩恵もあるのだろう、耳にかかる側圧は前モデル比で50%も軽減できたそうだ。
ヘッドバンドには羊革製のパッドが取り付けられて頭への当たりを和らげ、イヤーパッドは吸湿性を持つ大変に耳当たりのいい素材で、長時間の装着にも疲れは少ない。ノイズキャンセル機構は単3型乾電池×2本の電源で動作し、ケーブル中途にあるその電池ボックスには電源スイッチとL/R独立のボリュームが装備されている。なお、電池が切れても通常のヘッドホンとして動作させることは可能だ。こういう用途の製品としては、大切な気配りである。先端のプラグは適合する機体によって3種類が用意されている。
試聴はボーズのリスニングルームにて行った。今回はボーズのホームシアターシステム「Lifestyle 48」を使って、室内に飛行機の客室ノイズを発生させた環境でテストを行った。再生音とはいってもボーズのフルセットによるものだから、重低音までかなりの迫力である。電源スイッチを長押しして回路が働き始めた瞬間、耳を刺激し続けていた航空機ノイズが消え去り、ほぼ完璧な静寂が訪れる。
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▲今回はボーズ視聴室において、飛行機の客室ノイズを発生させた環境下でAviation
Headset Xの実力を検証した
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▲ヘッドバンドにマグネシウム合金を採用することにより、優れた強度と軽量設計を実現している
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こういう商品に最も過酷なソフトともいえるストラヴィンスキー「春の祭典」を聴いてみたが、冒頭のファゴット・ソロがコンサートホールに響く残響まで、鮮やかに聴き取ることができる。本機にもボーズ独自の「トライポート・テクノロジー」が採用されているためか、低音再現能力もなかなかのものである。ほかにも様々なソフトを試聴してみたが、「航空機用のヘッドセット」として定義してしまえないほどに、その音楽再生能力は十二分に高い。
Aviation Headset Xの試聴を終えた後、聴き慣れたQuietComfort2を改めて聴かせてもらったが、こちらは音楽をワイドレンジかつ軽やかで明るく表現するのが持ち味だ。QuietComfort2は、いくつかの航空会社でファーストクラスの座席に採用され始めているという。この静寂とくつろぎの再生音は、まさにファーストクラスにふさわしいものといえるだろう。
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炭山アキラ(Akira
Sumiyama)
1964年、兵庫県神戸市生まれ。埼玉県松伏町在住。17歳の時、兄から譲り受けたシステムコンポがきっかけでオーディオに興味を持ち始める。19歳の時、粗大ゴミに捨ててあったエンクロージャーを拾ってきて改造し、20cmフルレンジを取り付けた頃からスピーカー自作の楽しさにも開眼する。90年代よりオーディオ・ビジュアル雑誌に在籍し、以後FM雑誌の編集者を経てライターに。FM雑誌時代には故・長岡鉄男氏の担当編集者を勤める。現在は新進気鋭のオーディオライターとして、様々なオーディオ誌にて活躍する。趣味はDIYにレコード収集。また、地元の楽団では学生の頃から親しんだユーフォニウムを演奏する一面も持つ。
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